第96話 蛇騒動
白朱がティムカルテットに加わってからというもの、我が家の空気は明らかに変わった。
いや、正確には――“運の流れ”が濃くなった。
白朱は幼体だ。
喋らない。
念話もしない。
ただ小さな体で、気になる場所に向かって這い、疲れたら丸くなる。
それだけや。
それだけのはずなのに、何かが起きる。
しかも、かなりの確率で“都合のいい方向”に転ぶ。
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最初の異変は、倉庫整理やった。
ティムクインテットが騒ぎながら木箱を倒した。
理由?
白朱がその上で寝ていたからや。
箱の中身は、古代王朝刻印入り銀貨袋。
市場価値、家一軒分。
「……なんで今まで気付かんかったんや」
「倉庫の奥やったしな」
宥子は淡々としている。
白朱はというと、銀貨の上で再び丸くなっている。
何も分かってへん顔や。
幸運値三千八百七十二。
偶然で済ませてええんか、これ。
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二つ目は市場や。
白朱が露店の下に潜り込んだ。
慌てて追いかけると、商人同士が揉めている現場。
蛇に驚いた片方が荷箱を蹴り飛ばし、中身が散乱。
そこから出てきたのは、偽装契約書。
価格操作の証拠。
騒ぎが広がり、監査が入り、片方は失脚。
空いた流通枠に私達が入る。
「……怖いな」
私が呟くと、
「運が味方してるだけや」
宥子は肩をすくめた。
白朱は私の腕に巻き付いて、じっとしている。
ほんまにただの幼蛇や。
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三つ目は裏庭。
ティムクインテットが勝手に掘り返した。
理由?
白朱がそこに潜ろうとしたから。
結果。
温泉湧出。
「意味分からん」
「露天風呂作れるな」
「前向きすぎやろ」
社員寮の福利厚生として計画が進み、入居希望者が増えた。
求人も楽になる。
白朱は湯気を嫌がって、私の足元に戻ってきただけや。
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とはいえ、幸運は光だけやない。
中堅商会が圧力をかけてきた。
「急成長は怪しい」
「裏がある」
供給妨害。
価格釣り上げ。
地味に嫌らしい。
けど数日後。
その商会の倉庫で不正帳簿が発覚。
原因はネズミ騒ぎ。
白朱が追いかけただけ。
帳簿が散らばり、隠していた事実が露見。
自爆。
「……何もしてへんのに」
「おるだけで状況が動くな」
宥子は白朱を見下ろす。
白朱はきょとんとした目で舌を出す。
喋らん。
念話もない。
ただそこにいる。
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夜。
屋上の小さな社。
若手宮大工が建てた簡素な祠。
白朱をそっと置く。
月光が鱗に反射する。
須佐之男命、櫛稲田姫命、阿迦留姫命の加護持ち。
でも神々しさよりも、幼さが勝つ。
「守られてるんやろな」
「たぶんな」
白朱は丸くなり、すぐに眠った。
静かな寝息。
ただの赤ちゃん蛇や。
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最近、王都で噂が広がりつつある。
「幸運を呼ぶ蛇」
「加護持ちの幼蛇」
でもまだ公式な呼び出しはない。
王宮からの招集も、今は影も形もない。
噂は噂。
水面下でさざ波が立っているだけや。
「時間の問題やと思う?」
私が聞くと、
「どうやろな」
宥子は即答せず、少し考えた。
「今はまだ商会レベルや。王宮が動くのは、もっと影響が広がってからやろ」
確かに。
今は地域規模。
王都全体を揺らすほどではない。
……まだ。
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ティムクインテットは今日も白朱の周りで騒いでいる。
キシャーキシャーと鳴き、意味不明な踊りを披露する楽白。
白朱は迷惑そうに距離を取る。
幼体や。
喋らん。
主張もしない。
だからこそ守らなあかん。
「利用はする。でも守る」
私は小さな体を両手で包む。
ひんやりとした感触。
弱い鼓動。
生きている温もり。
「そのうち大きくなるんやろな」
「なるやろ」
「喋る思う?」
「どうやろな」
未来は分からん。
でも今はまだ、ただの小さな蛇。
双子。
双蛇。
騒動は確実に広がっている。
王宮の影はまだ遠い。
それでも運の流れは加速している。
白朱は今日も何も語らない。
ただ、そこにいるだけで世界が少し動く。
そして私は思う。
――この静かな時間が、嵐の前触れでないことを祈りたい、と。




