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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第94話 研修

 採用面接が終わった翌朝。

 私は目覚ましより先に目が覚めた。


 珍しい。


 疲労は残っているはずなのに、頭が妙に冴えている。

 ベッドから起き上がり、カーテンを開けると大阪の朝が広がっていた。


 地球。

 異世界じゃない。


 魔物もいない。

 経験値も入らない。


 でも――今日からは別の戦いが始まる。


 教育。



「全員、今日から研修開始やで」


 会議室代わりの三階フロア。

 まだ塗料の匂いが残る空間に、採用組がずらりと並ぶ。


 緊張した顔。

 期待に満ちた顔。

 不安を隠せていない顔。


 私は一歩前に出る。


「改めまして。副社長の容子(まさこ)です」


 数人が小さく息を呑む。


 面接の時より声が通る。

 自分でも驚くくらい落ち着いている。


 横に立つのは姉――宥子(ひろこ)


 黒のスーツに身を包み、完全に経営者の風格。


「今日から三週間、基礎研修。その後、仮配属を行います」


 無駄のない口調。


 空気が締まる。



午前は理念説明。


「うちは立ち上げ段階。整ってない部分も多い。でもその分、仕組みを一緒に作れる」


 私はホワイトボードに大きく書く。


 “ブランドは人”。


「商品だけやない。人が価値になる。せやから――」


 全員を見渡す。


「甘えは無しや」


 静まり返る。


 面接で落とした人数を思い出す。

 ここに立っているのは、その中を勝ち抜いた人達。



午後は実技確認。


 縫製チーム候補には簡易課題。

 接客志望にはロールプレイ。


「いらっしゃいませ。本日は――」


 声が震えている。


「目、下向きすぎ。お客さんの眉間を見るんや」


「は、はい!」


 私は動き回る。


 指摘する。

 褒める。

 修正させる。


 気付けば、異世界でパーティーを率いていた時と同じ感覚になっていた。


 役割を見極め、配置し、伸ばす。


 戦闘じゃなくても、やる事は似ている。



休憩時間。


「副社長、厳しいですね」


 小声で言われる。


「そらな。甘やかして潰すよりマシやろ?」


 にやりと笑うと、相手は苦笑した。


 嫌われてもええ。

 育てば勝ちや。



夕方。


 全体ミーティング。


 姉が資料を配る。


「売上目標、初年度三億」


 どよめき。


 大きい数字や。


「無理だと思う人?」


 誰も手を挙げない。


「良い心意気やな」


 私は続ける。


「でもな、気合いだけじゃ届かん。数字で動く。行動で詰める」


 真剣な視線が集まる。


 この瞬間、ようやく実感した。


 会社が、本当に動き始めたんやと。



数日後。


 小さな問題が起きた。


 縫製チーム内で意見衝突。


「デザイン優先か、コスト優先か」


 ありがちな対立。


 私は両者を会議室に呼ぶ。


「言いたい事、全部言って」


 吐き出させる。


 感情も含めて。


 静かに聞いていた宥子(ひろこ)が最後に一言。


「目的は何?」


 二人が黙る。


「自己満足か?売れる商品か?」


 空気が変わる。


 私は補足する。


「正解は一つちゃう。でも会社としての優先順位はある」


 結論を出す。

 デザインの方向性は維持。ただし原価率の再計算を行い、別素材で試作。


 両者、納得。


 解散後、私は姉に言う。


「昔より優しなった?」

「どこが?」


 またその返し。


 でも少しだけ口元が緩んでいた。



一週間後。


 初の社内プレゼン。


 SNS戦略チームが企画案を出す。


「ターゲット層は二十代前半女性。世界観は――」


 資料が甘い。


 私は途中で止める。


「数字の裏付けは?」

「えっと……」


「感覚だけやと通らん」


 厳しい空気。


 でも逃げへん。


 必死に補足説明する姿を見て、私は内心で頷く。


 伸びる。



夜。


 屋上に出る。


 大阪の夜風。


 私は缶コーヒーを開ける。


「疲れた?」


 隣に宥子(ひろこ)


「そらな。でも嫌いやない」


「そうか」


 短い会話。


 でも通じている。


 異世界で戦った日々。

 命のやり取り。


 それに比べれば、地球の戦いは穏やかかもしれへん。


 けど。


 人の未来を預かる重さは、別の意味で重い。


「副社長(笑)やなくなってきたやろ?」


「まだや」


 即答。


 私は笑う。



研修最終日。


 仮配属発表。


 名前を呼ばれるたび、緊張が走る。


「縫製第一班、リーダー――」


 拍手。


「SNS企画班――」


 歓声。


 それぞれの居場所が決まる。


 スタートライン。


 私は最後に言う。


「ここからが本番や。失敗してもええ。でも隠すな。逃げるな」


 視線が揃う。


「一緒に、でかい会社にしたろうやないか」


 拍手が起こる。


 胸が熱くなる。



夜、事務所に二人だけ残る。


 書類の山。


「なあ姉ちゃん」


「何や」


「地球でも、ちゃんと戦えてるよな?」


 一瞬の沈黙。


「当たり前や。私達やぞ」


 その言葉で十分やった。


 新章は始まったばかり。


 魔法も剣も無い世界で。


 数字と努力と覚悟だけを武器に。


 宥子(ひろこ)容子(まさこ)、双子の挑戦は続く。


 地球での物語は、まだ終わらない。

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