第92話 白蛇販促
私はイーリンと一緒に市場調査に出かけた。
王都の市場は相変わらず賑わっている。布地、香料、宝飾品、保存食、武具、そして最近は“美容”の名を冠した怪しげな小瓶まで並んでいる。
私は一つひとつ、価格と品質を見て回った。
「……高いな」
正直な感想や。
見た目は華やかやが、中身は粗悪。香りだけ強く、保湿力は弱い。容器だけ豪華で、中身が伴っていない物も多い。
だが価格は強気。
「イーリン、どう思う?」
「全体的に、価格に対して品質が見合っていませんね」
きっぱり。
「ただ、私たちが出す商品は……豪商や貴族向けの価格帯になります」
「やっぱりそう思う?」
「はい。並みの家庭では厳しいかと」
そうやねん。
うちの“容子印”は、素材から違う。抽出法も違う。容器だって妥協していない。
当然、値は張る。
「イーリンはさ、ちょっと無理したら良い商品が買えるとして、買いたい?」
「ヒロコ様に拾っていただく前でしたら、絶対に無理でした。低所得層はまず生活優先です」
ぐさり。
分かってる。
分かってるけど、現実を突きつけられると重い。
「やっぱり、低所得者までは手が回らんよなぁ」
今はまだ、ブランドを確立する段階。
いずれ廉価版も出したいが、質を落とすのは嫌や。
「化粧品自体は粗悪で高い物が多いですし、留……いえ、容子様の商品なら売れると思います。ただ知名度がありません」
「そこやねん!」
私はぴしっと指を鳴らす。
「貴族層や一部冒険者には噂で広がってる。でも市民層は“何それ?”状態や」
名が売れていない。
それが最大の弱点。
「じゃあ、今から名前を売りに行くか!」
「え?」
イーリンがきょとんとする。
可愛い。
「宣伝や。富裕層は紹介で広がる。でも中間層は宣伝せな動かへん」
私は鞄から取り出した。
金箔で“容子印”と押された油取り紙。
美麗なパッケージ。裏には、
●月×日 ◇◇時
△△広場にてグランドオープン
と刻まれている。
「これは……?」
「油取り紙や。化粧崩れせんで余分な皮脂だけ取る優れもんやで」
一枚取り出して手渡す。
「こうやって、押さえるように……」
私が実演すると、イーリンも真似する。
「……まぁ! 本当に油だけ!」
目がきらきら。
「やろ? これを実演しながら配る」
ちなみに原価一枚三十八円。二万枚発注済み。
昔馴染みの同人グッズ業者に頼んだ。あの時のコネがこんな所で活きるとは。
◇◇◇
二万枚。
配り切った。
私とイーリンで。
途中から楽しくなってきて、実演販売状態やった。
「ほら見て! 化粧は崩れへんやろ?」
ご婦人方の反応が良い。
若い娘も興味津々。
配りながら予約の話を振ると、何人かは確実に来る手応えがあった。
カフェで一息。
「……疲れた」
「ですが、配り切れるとは思いませんでした」
イーリンはパッケージを眺める。
「この袋、捨てるの勿体ないですね」
「カードケースに使えるようにデザインしとる」
私は名刺を一枚取り出し、差し込んだ。
「ほら」
「名刺……?」
「仕事用や。自分の情報を渡す紙や」
簡単に説明する。
イーリンは感心しきり。
「イーリン用もそのうち作ってもらえるやろな」
姉の宥子なら、抜かりない。
◇◇◇
「……ん?」
足元に、ひやりとした感触。
するり。
何かが巻き付く。
私はスカートの裾をそっと持ち上げる。
「……蛇?」
小ぶりな白蛇。
真っ白やなく、ほんのり赤みを帯びた白。
「蛇ですね」
「白いねぇ」
逃げる様子もない。
むしろ、腕にするりと移動してくる。
可愛い。
「お前、今日から白朱ちゃんや」
白蛇は幸運の象徴。
赤白や紅白も白蛇やが、もう慣れた。
「珍しくないですね」
イーリンが真顔で言う。
「うち基準ではな」
白朱ちゃんは私の腕にぴたりと収まる。
「よし、帰るか」
◇◇◇
屋敷に戻った瞬間。
「ぎゃああああああああああ!!」
姉の宥子の絶叫。
「なにそれ可愛いぃぃぃぃぃ!!」
即座に頬ずり。
白朱ちゃん嫌がる。
アンナが冷静に距離を取る。
「また増えましたね」
「増えた」
私はどや顔。
「販促成功やし、白蛇も増えたし、今日は大成功や」
「蛇は販促関係ないやろ」
姉が笑いながら言う。
白朱ちゃんは私の腕に逃げ戻る。
可愛い。
市場調査は上々。
宣伝は万全。
あとは――
グランドオープンで爆発させるだけや。
私は白蛇を撫でながら、にやりと笑った。
「さぁて、王都を化粧でひっくり返したるで」




