第90話 彩装進軍
午前中はコスメの入れ物製作、午後はコスメ部隊の特訓――それがここ最近の私、容子の日課やった。
……いや、正しくは「強制日課」やな。発案者は姉の宥子。私は現場監督兼、技術責任者兼、雑用兼、サンドバッグや。
とはいえ、文句ばかりも言ってられへん。コスメ部隊は、確実に成長していた。
洗顔の泡立てひとつとっても最初は「石鹸水ぶっかけ隊」やった連中が、今やきめ細やかな泡を立て、優しく包み込むように肌を撫でることが出来るようになっている。基礎化粧品の塗布も、ただベタベタ塗るだけやなく、肌質を見極めて順番を変え、量を調整し、指の圧まで計算している。
そして――
「問題児代表、イザベラ!」
私は思わず腕を組んで彼女を見た。
かつて早々に戦力外通知を叩きつけた女。それがイザベラや。
ゲーオタ、アニオタ、引きこもり予備軍。接客? 無理。愛想? ない。礼儀? 宇宙の彼方。
そう思っていた。
だが、彼女は覚醒した。
コスプレという禁断の扉を開けて。
「今日は“王都で人気の舞台女優風”でいきます!」
彼女は嬉々として化粧筆を走らせる。
眉は凛と強く、アイラインは大胆に跳ね上げ、頬は光を宿すようにハイライトを置く。唇は艶やかに、しかし品を失わない赤。
鏡の中に現れたのは、別人やった。
「……これが、トレースコスメか」
アニメの〇〇風、舞台女優風、貴族令嬢風、果ては伝説の女騎士風まで。
指示さえあれば、彼女は完璧に再現する。
この成果を姉に報告した時の第一声が忘れられへん。
『棚から牡丹餅やな! 正直、イザベラには1㍉も期待してへんかったわ!』
酷い。
私も同じこと思ってたけど。
ともあれ、今日はその成果発表や。
姉の宥子とアンナの前で、コスメ部隊が実演する。
「皆、今日が本番や! 洗顔から基礎、仕上げまで流れを止めるな! 話術も忘れんな! お銭々を稼ぐでぇ!」
円陣を組み、気合を入れる。
実演は対話式。お客様役の姉とアンナにカウンセリングしながら施術を進める。
「本日はどのようなお悩みがございますか?」
「最近、乾燥がひどくてなぁ」
姉の芝居がかった言葉に、部隊員が滑らかに返す。
「では保湿重視のケアを――」
見事やった。
洗顔、化粧水、美容液、乳液、そしてメイク。
最後に鏡を差し出すと、アンナが目を見開いた。
「……綺麗」
その一言で、部隊の士気が爆上がりする。
そして問題のイザベラ。
「“伝説の氷姫風”でお願いします」
私の無茶振りにも、彼女は迷わなかった。
冷たい青を基調に、透明感を極限まで引き上げる。唇は薄く、瞳は鋭く。頬にはほのかな氷の煌めき。
完成。
「……容子、ようやった!」
姉が満足そうに頷く。
「本当に……無理だと思ってました」
アンナまで素直に感心している。
おい、そこまで言うか。
だが私は誇らしかった。
イザベラは金を稼ぐという目的に目覚めた。コスプレ代、新作グッズ、限定フィギュア。その為なら努力を惜しまへん。
金の力は偉大や。
私は続けてユニフォーム一式を披露した。
「これがコスメ部隊専用ユニフォームや!」
白を基調に淡い金糸の刺繍。動きやすく、上品で、清潔感がある。アクセサリーは軽量、しかし存在感抜群。
専用タオル、施術用ポンチョ、そして“容子印”のロゴ入りコスメセット。
通常ノベルティーポーチと限定版ポーチまで用意済みや。
「素敵ですね!」
「めっちゃ可愛いやん、サンプルくれ!」
「私も欲しいです!」
……ほら来た。
「サンプルは部隊用や! あんたらの分はないで!」
即断。
だが姉とアンナは芝居がかった泣き真似を始める。
面倒臭い。
「……どれか一つだけや」
譲歩。
キャーキャー言いながら物色する二人を横目に、私は告げた。
「明日は市場調査や。人手よこしてな」
――そして翌朝。
「何言ってんの! ノルマ終わってんの!?」
案の定や。
「約束したやろ! 嫌ならサンプル返せ!」
「嫌やわぁ~忘れるわけないやん♡」
ころっと掌返し。
イーリン、キャロル、マリーを交代で貸すという条件で決着。
最初はイーリンを連れて行くことになった。
私は試作中の新作服に着替える。シンプルやけど、ラインが美しい。動きやすく、それでいて上品。
背後で姉が羨ましそうに見ているが無視。
「行くで、イーリン」
王都の市場は今日も活気に溢れていた。
布屋、装飾品店、香料店。
他店のコスメ事情も探る。価格帯、パッケージ、客層。
「この店、若い子向けやな」
「こちらは貴族向けですね」
イーリンも真面目にメモを取る。
だが、私は気付いていた。
視線。
嫌な、ねっとりとした視線。
「……まさこじゃねぇか?」
低い声。
振り返ると、そこにいたのは――
チームバルド。
戦士のガルガ、魔導士のリリアナ、剣士のフィーア、聖魔導士のテレサ。
全員、相変わらずの上から目線。
「違う。私は容子や」
「同じだろ」
違うわボケ。
「この前の装備、まだ持ってんだろ? よこせよ」
ガルガが腕を組む。
「防具も武器もアクセも足りねぇんだ。俺たちは将来有望なんだぞ?」
リリアナが鼻で笑う。
「基礎化粧品セットも欲しいわね。肌荒れするのよ」
テレサまで言い出す始末。
私は深く、深く息を吸った。
市場のど真ん中。
衆目。
だが関係ない。
「――誰がやるかボケぇえええええええええ!!」
私の怒号が響き渡る。
肉球の斧を取り出し、地面に叩きつける。
石畳がひび割れた。
「うちは慈善事業ちゃうねん! 商品は金払って買え! 値切るな! 脅すな! クレクレ言うな!」
フィーアが舌打ちする。
「生意気な――」
「生意気なんはどっちや!」
私は一歩踏み出す。
「二度と付き纏うな。次やったら本気で叩き潰す」
市場が静まり返る。
チームバルドは一瞬怯んだが、ガルガが吐き捨てる。
「……覚えてろよ」
「覚えとくんはそっちや」
彼らは去った。
イーリンが震えた声で言う。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫や。むしろスッキリしたわ」
だが心の奥では分かっている。
この因縁、まだ終わらへん。
屋敷に戻ったら、姉の宥子に報告せなあかん。
絶対、怒られる。
ノルマ追加や。
私は空を仰いだ。
「……はぁ。今日も忙しなるで」
だが、それでも。
コスメ部隊は前進する。
金も、実力も、誇りも。
全部掴み取るために。




