第89話 美容地獄
やつれた容子です。
目は死んでます。
魂は半分蒸発しました。
暴力的なノルマ――ボトル一万本追加。
あの鬼経営者、宥子に土下座して「一日の半分は別業務に」と泣きついた結果、与えられたのがこれだ。
女性陣への美容レッスン講師。
……いや、まあ、ええねん。嫌いちゃう。むしろ好きや。好きやけど。
ノルマが消えたわけちゃうねん。
夜はボトル地獄確定やねん。
「イザベラ、ルーシー、キャロル、マリー、レナ、イーリン、ヘレン! 今日はマッサージと化粧品の使い方を教えるで!」
私は気合で声を張る。
「マサコ特製ポーチ二個ずつ用意しとる! 基礎化粧品用とメイク用や! 取りに来い!」
机の上には七人分のポーチ。
花柄、猫柄、蝶柄、宝石柄、清楚レース柄……それぞれ本人の雰囲気に合わせた完全オーダー品。もちろん名前刺繍入り。
――そして一つ。
黒地に赤薔薇、鎖、十字架、謎の魔法陣刺繍入り。
イザベラ用。
あいつはこれじゃないと受け取らん。
「名前確認して持っていきや!」
きゃあきゃあとポーチを抱えて着席する女性陣。
うん、こういう顔見るとちょっと報われる。
◇◇◇
「まず基礎化粧品ポーチ出してな。洗面所行くで!」
ぞろぞろ移動。
私は鏡の前に立つ。
「見本見せるからな。まずぬるま湯で顔を撫でるように洗う。擦るな。肌は布ちゃう」
泡立てネットでモチモチ泡を作る。
「泡で洗うんや。指でゴシゴシは厳禁。泡を転がす感じや」
円を描くようにくるくる。
「流す時も優しく。石鹸残りは肌荒れの元や」
タオルで押さえるように水気を取る。
「擦るなよ! 押さえる!」
女性陣も続く。
数分後、席へ戻る。
「今、顔突っ張っとるやろ? 洗顔後はすぐ基礎化粧品や」
化粧水を手に取る。
「ケチるな。手のひらで包み込むように押し込む」
乳液、美容液、クリーム。
一つ一つ量を確認しながら修正。
「基礎は終わり。疑問あるか?」
全員きょとん。
まあ最初はそんなもんや。
◇◇◇
「次、メイク!」
スクリーンに動画投影。
「二人一組! ……イザベラは私と組む」
即確保。
暴走防止。
「顔はキャンパスや! 綺麗は創れる! 女性の美は加工品や!」
下地、ファンデ、アイメイク、チーク。
初回ゆえの惨劇。
眉毛が太い。チーク濃い。アイラインが戦闘モード。
そしてイザベラ。
……戦場。
「なんで目の周り真っ黒やねん」
「ダークヒロインです!」
口紅がほぼ流血。
私は天を仰ぐ。
「姉……イザベラ化粧部隊から外してええ?」
だが一度メイクを落とし、次へ進む。
◇◇◇
「次は三人一組で洗髪と頭皮マッサージや!」
並ぶ洗髪チェア。
これを大量購入した宥子の商魂に戦慄する。
温泉施設併設美容区画計画。完全に布石や。
「ルーシー組右! マリー組中央! イザベラと私は左!」
イザベラを寝かせ、タオルで顔を覆う。
「化粧しててもしてなくても顔は隠す。鉄則」
ぬるま湯をかける。
「熱くないか必ず確認。後頭部→側頭部→頭頂部」
シャンプー五百円玉大。
「揉み込む。最初泡立たん。二度洗い基本」
丁寧に流す。
タオルドライ。
リンス三分。
「完全に流せ。残ったらベタつく」
ドライヤー。
椿オイルを毛先へ。
「肩凝ってたら揉み解しもやると喜ばれる」
「実践!」
わらわらと始まる洗髪大会。
笑い声が飛び交う。
そして――イザベラ。
私は実験台になる。
「熱くないですか?」
声が柔らかい。
指圧が的確。
無駄に引っ張らない。
円を描くようにほぐす。
……上手い。
めちゃくちゃ上手い。
プロ級。
「……あんた、なんで化粧壊滅的なん」
「洗うのは好きです!」
目がキラキラ。
なるほど。
適性の差。
◇◇◇
私は即、宥子の執務室へ。
「イザベラ、洗髪部隊なら即戦力」
姉が目を丸くする。
「絶対どっちもダメやと思ってた」
「私もや」
ヒロコは顎に手を当てる。
「温泉併設美容区画、洗髪特化部隊組めるな。回転率も良い」
もう事業計画に組み込んでる。
「私は夜ボトルやけどな」
「ノルマ忘れるなよ」
ニヤリ。
鬼や。
◇◇◇
レッスン終了。
女性陣は自信に満ちた顔。
鏡を見て笑っている。
それを見て少しだけ思う。
悪くない。
誰かが綺麗になって笑うのを見るのは悪くない。
だが夜。
アトリエ。
釜。
薬草。
ボトル。
「……一万本」
私は無心で手を動かす。
美容講師と量産奴隷の二刀流。
今日も砂になりながら働く。
それが容子の現実や。




