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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第88話 姉の逆鱗

 商業ギルド本部の重厚な扉が閉まった瞬間、私は静かに息を吐いた。


 


「……上出来やな」


 


 隣で書類を抱えるアンナが柔らかく微笑む。


 


「はい。温泉水の定期卸契約、基礎化粧品の優先販売枠、ポーションボトルの独占流通。どれも想定以上です」


 


 王都の商業ギルドは一筋縄ではいかない。価格交渉、品質保証、供給量の担保、違約条項。数字と信用がすべての世界だ。


 


 私は宥子(ひろこ)としてここに立っている。


 


 容子(まさこ)の姉であり、経営者であり、責任者だ。


 


「これで量産体制が整う。後はあのアホが逃亡せんよう監視強化やな」


 


「本日も逃亡される可能性は……」


 


「高い」


 


 即答。


 


 そんな軽口を叩きながら中央通りへ出た、その時だった。


 


「……マサコ?」


 


 聞き覚えのある声。


 


 私は視線だけを向ける。


 


 そこに立っていたのは、戦士のガルガ。大柄で筋骨隆々、無駄に自信満々の顔。


 


 その後ろに、魔導士のリリアナ。派手な装束で腕を組んでいる。


 


 剣士のフィーアは静かにこちらを観察し、聖魔導士のテレサは穏やかな微笑みを浮かべている。


 


 ――チームバルド。


 


「マサコだよな?」


 


 私は即座に否定した。


 


「違う」


 


 ガルガが怪訝な顔をする。


 


「何言ってる。見間違えるはずがない」


 


「双子や。私は宥子(ひろこ)、あんた等が付き纏っとる容子(まさこ)の姉や」


 


 一瞬の沈黙。


 


 リリアナの目が光る。


 


「え、じゃああの化粧品の開発者!?」


 


 テレサも一歩前に出た。


 


「少しお時間を頂けますか?」


 


「無い」


 


 私は歩き出す。


 


 だがガルガが進路を塞ぐ。


 


「待て。ちょうどいい。話がある」


 


 アンナが静かに警戒態勢に入る。


 


 私は止まり、冷ややかに見上げた。


 


「手短に」


 


 ガルガは腕を組み、上から目線で言う。


 


「俺達は将来有望なパーティだ。マサコの実力も評価している」


 


「で?」


 


「だから装備を融通しろ。あいつが使っている武器、防具、アクセサリー。相当質が高いだろ」


 


 は?


 


 リリアナが続ける。


 


「あと基礎化粧品セットね。王都じゃ手に入らないのよ。私達が使えば宣伝になる」


 


 フィーアが淡々と言う。


 


「剣の強化素材もあると助かる」


 


 テレサが締める。


 


「私達が強くなれば、結果的にあなた方の利益にもなります」


 


 四人揃って当然のように言い切った。


 


 私は無言で数秒見つめる。


 


 そして、ゆっくり口を開いた。


 


「つまり、優遇しろと?」


 


「話が早いな」


 


 ガルガが頷く。


 


「優遇の意味分かっとるか?」


 


「常連割引みたいなものだろ」


 


 私は鼻で笑った。


 


「常連? うちで一銭でも落としたことあるんか?」


 


 沈黙。


 


 リリアナが苛立つ。


 


「細かいこと言わないでよ!」


 


「細かない。商売の基本や」


 


 一歩、私は前に出る。


 


「装備は鍛冶師の手間と素材が要る。化粧品は研究と試作の積み重ねや。全部コストや」


 


 ガルガの眉が寄る。


 


「俺達は有名になる。宣伝になると言っている」


 


「今は?」


 


「……Aランクだ」


 


「ほな実績はA止まりやな」


 


 フィーアが静かに言う。


 


「あなたは妹を守りたいのでは?」


 


「当然や」


 


「なら私達と組む方が安全だ」


 


 その瞬間、私の中で何かが切れた。


 


「組む?」


 


 声が低くなる。


 


「何回断られとる?」


 


 ガルガが顔をしかめる。


 


「勧誘は自由だ」


 


「粘着は迷惑や」


 


 アンナが冷たく補足する。


 


「王都での迷惑行為は記録されます」


 


 リリアナが鼻で笑う。


 


「脅し?」


 


 私は笑った。


 


 氷のように。


 


「警告や」


 


 一歩詰める。


 


「妹に付き纏い、断られても引かず、挙句商品クレクレ。どの口が優遇言うとる」


 


 ガルガが腕を掴もうとする。


 


 私は即座にその手首を払い落とした。


 


 鈍い音。


 


「触るな」


 


 周囲の視線が集まる。


 


 私は声量を落とさず続ける。


 


「商業ギルドと正式契約済みや。流通も押さえとる。うちを敵に回して困るんはどっちや?」


 


 テレサが慌てる。


 


「誤解です」


 


「誤解ちゃう。傲慢や」


 


 私は最後通告を告げた。


 


「装備、防具、アクセ、基礎化粧品。一切売らん。正規価格でもや」


 


「なっ……!」


 


「客は選ぶ」


 


 リリアナが吐き捨てる。


 


「後悔するわよ」


 


「せえへん」


 


 即答。


 


「次、妹に絡んだら商業ギルド経由で正式抗議入れる。活動に制限かかるのはそっちや」


 


 四人が沈黙する。


 


 私は踵を返した。


 


「アンナ、行くで」


 


「はい」


 


 


 歩きながら、胸の奥に残る怒りを吐き出す。


 


「……予想通りやな」


 


「はい。今後も接触の可能性があります」


 


「対策強化や。まさこは感情で動く。私が盾にならなあかん」


 


 夕暮れの王都を歩きながら、私は静かに決意する。


 


 妹を守る。


 


 商売を守る。


 


 そして――


 


 逆鱗に触れた相手には、二度と舐めた真似が出来んよう徹底的に線を引く。


 


 


 それが、宥子(ひろこ)という女や。

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