第86話 死森大暴走録
ティムカルテット+私+おっさんズ。
この布陣が揃った時点で、もはや“平和”という単語は辞書から消える。
そして本日――完全逃亡作戦決行である。
「合掌!」
私は両手を合わせ、屋敷の裏口から静かに抜け出した。宥子が商談に夢中になっている今が最大のチャンスだ。温泉付き拠点改装計画だの、屋上社建設だの、宿泊フロアの導線だの……姉の脳内は常に経営戦略でいっぱいである。
だが私は違う。
私は戦ってナンボの妹、容子である。
「こないだはコモドドラゴン狩ってレベル旨かったしなぁ……今度はダンジョン近くの死の森でレベリングしよか!」
集合早々そう宣言した瞬間、ボブの顔色が紙のように白くなった。
「し、死の森って……名前からしてアウトっすよ……」
ジョンとイスパハンは「ふーん」と無関心。図太いのか肝が据わっているのか判断に迷う。
「安心しな。今日は最凶のスケットおる」
私は胸を張ってティムカルテットを掲げた。
双蛇・紅と蒼は私の肩に絡み、威嚇の舌をチロチロ。
楽白ちゃんはフードの中でぴょこりと顔を出す。
サクラは半透明の身体をぷるんと揺らした。
「蛇二匹と蜘蛛とスライムじゃないですかぁ!?」
「アホか!! 四匹揃えば姉より遥かに強いんやぞ!? 護衛としては最凶や!」
バシィッとハリセン一閃。
泣き喚くボブを引きずり、私達は死の森へ向かった。
◇◇◇
死の森。
その名に違わぬ不気味さである。
空は曇天。木々はねじ曲がり、幹には黒い苔。地面からは淡い瘴気が立ち上り、呼吸すら重い。
「姉さん、怖いっすよぉお……」
「前出ろや!!」
回し蹴りで押し出す。
三十分進んでも何も出ない。
「逆に怖いっすよ」
「このまま空振りはまずいんちゃう?」
「嬢ちゃん怒るやろ?」
三人が不安を口にする。
「しゃーないな」
私はポーチから一本の小瓶を取り出した。
モンスター誘引薬。
栓を抜いた瞬間、鼻を刺す異臭。
ボブの顔色が土気色へ変わる。
「ほーら出てこい!!」
数秒の静寂。
そして――地鳴り。
アンデッドウルフの群れ。
腐食トレント。
毒鱗バットの群舞。
「ぎゃあああああ!!」
ボブ、悲鳴を上げながら突撃。
ジョンとイスパハンは冷静に左右展開。
私は肉球の斧を振り上げた。
「皆、頭下げや!」
三人即座に屈む。
斧が水平に薙ぎ払われ、まとめて両断。
<サクラちゃん、回復頼むで>
<はぁい~ですのぉ。エリアヒールぅ~>
淡緑の光が広がり、三馬鹿の体力が回復。
戦闘は続く。
私は斧で薙ぎ、蛇が噛み、楽白ちゃんが拘束し、サクラが回復。
まさに制圧。
一時間弱経過。
瘴気が濃くなった。
森の奥から甘い腐臭。
「……ボスやな」
現れたのは妖艶な美女――メモリア。
白い肌。長い黒髪。だが瞳は虚無。
従者アンデッドを従えて歩み出る。
「皆ぁ! 気ぃ引き締めて行くで!」
私は最前線へ。
従者の攻撃を斧で弾き、薙ぎ倒す。
「キュアヒール!」
メモリアの顔面へ直撃。
浄化属性ダメージ。
絶叫。
三人も従者を撃破。
ボブは涙目だが、足は止まらない。
「削れてきとるな……」
私は両手を掲げた。
「オーロラヒール!」
虹色の神聖光が至近距離で炸裂。
メモリアの身体が崩れ、光に溶ける。
最後に涙目で私を睨んだ。
屈辱だったのだろう。
アンデッドが神聖魔法で消されるのは。
◇◇◇
「よっしゃああ!!」
ドロップ回収。
死霊核。
妖艶の髪飾り。
闇魔石(中)。
「今日は錦鯉で酒盛りや!」
三馬鹿歓喜。
その時――
「久しぶりじゃないか?」
嫌な声。
チームバルド。
リーダー、ガルガが笑う。
「随分探したんだぞ」
私は苦虫を噛み潰した顔になる。
「お久しぶりです」
聖魔導士テレサが言う。
「やはり私達のパーティに入りませんか?」
またそれか。
三馬鹿完全無視。
上から目線。
プッツン寸前。
「遠慮します。てか嫌です」
即答。
場が凍る。
魔導士リリアナが慌てる。
「じゃあさ、あの化粧品融通してよ。売り切れなんだよ」
たかりか。
最悪。
「相談は姉にどうぞ」
私は踵を返す。
相手の返事も待たず撤収。
◇◇◇
森を抜ける帰路。
「姉さん、モテますね」
「モテてへん。厄介事や」
私はため息。
レベルは上昇。
素材も十分。
だが人間関係という名のボスは厄介。
街の灯りが見えた。
私は空を見上げる。
「……姉に報告せなな」
温泉計画。
死の森素材。
チームバルド再接触。
絶対面倒。
だが逃げ切れない。
この世界で一番強い存在は、魔物でもボスでもない。
経営者モード全開の姉、宥子である。
――合掌。




