第84話 温泉奪取戦
「やってきたな……廃屋病院。」
目の前に聳え立つ巨大な建物は、昼間だというのに妙な圧を放っていた。窓ガラスは割れ、外壁は黒ずみ、蔦が絡みついている。風が吹くたび、どこかで金属が軋む音が響く。
「この病院を使えるようにするんや!」
隣で腕を組み、ビシッと建物を指差すのは姉――宥子である。目がキラキラしている。ろくでもない物件を手に入れた時の目だ。
私は大きく溜息を吐いた。
「報酬は弾んで貰うで」
きっぱり宣言すると、宥子は露骨に舌打ちした。
「チビ共にも小遣い出しとるやろ」
「ほな私にも出せや。危険手当込みや」
睨み合い三秒。
「……分かった分かった。材料優先権や」
「現金もな」
「……後でな」
絶対後回しにされるやつやん。
「イーリン、ジャック、用意はええか?」
「「大丈夫です!」」
二人は胸を張り、マイクを掲げた。ティムカルテット製・“レベル底辺でも扱える変形マイク!”である。ネーミングは深く考えない。完成すると勝手に名前が付くのだ。私のせいではない。
私は肉球の斧を肩に担ぐ。
「ほな幽霊退治や!」
◇◇◇
受付ホールに足を踏み入れた瞬間、冷気がまとわりついた。
ギィ……と車椅子がひとりでに動く。
「お出ましやな」
青白い幽霊が現れた。
「とっとと昇天せぇや! ヒール!」
超手加減ヒールをぶつけ、すれ違いざまに肉球の斧で首を飛ばす。流石幽霊、首を求めてヨロヨロしている。
「チビちゃんズ、止めや!」
「「クロスアロー!」」
光が天井で旋回し、四散。
……一本じゃなかったっけ?
当然当たらない。
「イメージや! 当てるイメージ!」
二度目。
今度は凝縮し、二十四本の光の矢が幽霊を貫いた。
一本十二本ずつ。おかしくない?
それでも消えないので三度目。
暴力的な光の釘が幽霊を串刺しにした。
ギャアアアと断末魔。
私は引き攣った笑顔で拍手。
「とっても良かったよ!」
身内が怖い。
◇◇◇
奥へ奥へ。
霊を薙ぎ払い、光の釘で貫き、進む。
そして辿り着いた大浴場。
「「「臭っ!!!」」」
鼻が曲がる。空気が重い。
「ファブリーズ!!」
「鼻が死にます……」
「臭い付いたら許さんわ!」
三人で騒いでいると、温度が急降下した。
ラスボス登場。
「殺す殺す殺す殺す殺す……」
両腕を伸ばしてきたので、私は無言で斬り落とす。
「「臭い(のよ!・んだよ!)クロスアロー!!」」
怒涛の連射。
スタンド型に変形したマイクで物理殴打まで始めた。
「クロスアロー!クロスアロー!クロスアロー!」
ポーション飲みながら無限連打。
幽霊が命乞いを始める。
「ゆ、るじ……て……」
「うっせぇ! お宝置いて消えろハゲ!」
ジャックの罵倒が的確すぎる。
「臭いのよ! 女として恥を知りなさい!」
イーリンも鬼の形相。
私は一歩下がった。
怖い。
やがて幽霊は光の釘の山となり消滅。
空気が一気に軽くなる。
◇◇◇
恐る恐る蛇口を捻る。
最初は臙脂色。
やがて透明に。
独特な匂い。
入口の説明板を見る。
「……湯治?」
効能一覧。
神経痛、冷え性、美肌、疲労回復。
私は両拳を握った。
「温泉ゲットだぜ!!」
「温泉って何ですか?」
二人に熱弁。
身体に良い。癒し。最高。
「改装終わったら一番風呂な!」
「やったー!」
子供らしい笑顔。
最後の仕上げ。
「オーロラヒール」
虹色の光が大浴場を包み、建物全体へ広がる。
土地ごと浄化。
遠くで悲鳴がした気がするが、聞かなかったことにする。
◇◇◇
外へ出ると夕焼け。
宥子へ電話。
「温泉出た」
数秒沈黙。
「はああああ!? マジで!?」
電話越しに狂喜乱舞が伝わる。
「改装急がせる! 屋上の社も温泉込みで設計変える!」
絶対アンナ巻き込んでるな。
「報酬忘れんなよ」
「分かった分かった!」
テンションが天井突破している。
◇◇◇
帰り道。
「お腹空きました」
当然だ。
私達は高級寿司店へ突撃。
カウンターで並ぶ三人。
「今日の戦利品は温泉や」
「寿司も戦利品です!」
ジャックが真顔で言う。
大トロを頬張りながら、私は考える。
廃病院は浄化完了。
温泉付き物件。
工場にも保養所にも使える。
これ、普通に当たり物件やん。
姉の目利き、たまに怖い。
「次は地下も調べるで」
私が言うと二人は即答。
「「はい!」」
逞しすぎる。
廃病院は、もはや廃ではない。
温泉付き新拠点として生まれ変わる。
そして私は確信した。
この集団、もうテーマパークより除霊の方が盛り上がっている。
……育て方、間違えたかもしれん。




