第82話 二週間の策
朝食の席は、妙な熱気に包まれていた。
湯気の立つ味噌汁。
焼き鮭。
卵焼き。
その平和な食卓で、宥子は爆弾を落とした。
「ご飯食べながら聞いてや――」
そこからの話は、昨日アンナと共に内装業者へ行き、ビルの改装を急ぎで依頼してきたこと。だが着工まで二週間かかること。そして――。
サイエスの一日が地球では一週間に相当するという、時間差の話。
つまり、向こうの二週間は、こちらでは二か月近い。
重い。
この二週間をどう使うか。
容子は味噌汁を啜りながら、ぼそり。
「私はアトリエに籠ってノロマ達成せなあかんし、その手伝いにイスパハン借りるで」
即断。
イスハパンはぴくりと反応したが、特に異論はないらしい。
残り十五名の視線が宥子へ向く。
「どうしたいか、自分の口で言え」
その言葉に、しばし沈黙。
最初に手を挙げたのはルーシーだった。
「あの……買って頂いたものを、使ってみたいのですが……」
遠慮がち。
宥子が横目で容子を見る。
「容子、使い方教えてへんの?」
ピキ。
「お前な。帰ってきた時の皆の顔思い出してみ? 魂抜けとったやろ。あの状態で何教えても頭入らんわ」
正論。
「……成程」
あっさり納得する姉。
「使い慣れる必要はあるな。ワウル、講師やれ」
「ちょっ、姐さん無理っす! 人に教えるの苦手っす!」
全力拒否。
「電源のON・OFF。ネットの見方。地図アプリ。メール送受信。それだけや。全部マスターさせろとは言わん」
ぐぬぬ顔のワウル。
「ゲームは私が教える!」
シュバッと手が上がる。
イザベラ。
目が本気。
「……お前、レベル上げは?」
「合間にやる!」
駄目だこいつ。
「まぁええわ。実践が一番や」
リモコン操作でオンデマンド画面を出す宥子。
「この作品群は見といて損ないで」
ジブリールの名作映画。
魔女っ娘アニメ。
王道青春ドラマ。
皆の目がキラキラしている。
「他にしたい事は?」
「あ、あの!」
イーリンが勢いよく立ち上がる。
「ディゼニーランドに行ってみたいです!」
部屋が一瞬凍る。
容子は内心、あー……と思った。
案の定。
「ごめんな。つい最近行ったばかりやねん。またの機会や」
イーリン、撃沈。
「ディゼニーやないけど、この辺にテーマパーク二つある。そこなら行ける」
おお、と空気が変わる。
「予算は一人三万。事前にネットで調べて各自で行くこと。ジャックとチルドルは大人同伴必須。スマホとパソコンの基礎が使えるのが条件」
そして爆弾その二。
「金は容子に預ける」
「何で私やねん!」
「金銭感覚あるのはお前だけや。財布握ってんのお前やろ。家長命令な」
出た。
伝家の宝刀。
「ハイハイ、オ姉サマ」
不満顔全開で受ける容子。
◇◇◇
二週間計画は、こうして動き出した。
午前中はスマホ講習会。
リビングが即席教室になる。
「えー、まずは電源ボタン長押しっす」
ワウルの説明はぎこちない。
「長押しってどのくらい?」
「えっと……三秒くらい?」
イスハパンが真剣な顔で観察している。
「内部構造が気になる」
「分解禁止や!」
容子が即ツッコミ。
メール送信で大混乱。
「送信できた?」
「どこ行ったんやこれ」
「それ下書き」
カオス。
一方、イザベラ班。
「このガチャは単発より十連!」
「課金は?」
「絶対駄目」
即答する宥子。
午後は各自テーマパーク調査。
ノートPCを囲み、真剣な顔。
「この絶叫系乗りたい!」
「待ち時間二時間やて」
「ファストパスは?」
「別料金……」
金勘定で揉める。
その横で、容子は電卓を叩きながら予算表を作成。
「三万超えたら自己負担やで」
「厳しい……」
「現実や」
夜。
風呂上がり。
宥子とアンナが並ぶ。
「上手く回っとるな」
「ええ」
「二週間で地盤固めや」
地球での生活基盤。
スマホ。
ネット。
金銭感覚。
自立行動。
ただ遊ばせるのではない。
生きる為の訓練。
一方アトリエでは。
「イスハパン、この配合割合違う」
「すまぬ」
ポーション試作。
ノロマ達成に向け、地獄の研究。
「テーマパーク? 楽しんで来たらええ」
だが目は本気。
二週間。
短いようで長い。
全員が、それぞれの課題に向き合う時間。
ビル工事が始まる頃には。
彼等はもう、“保護された元奴隷”ではない。
自立した仲間。
宥子は静かに笑う。
「忙しなるで」
誰もが頷いた。
二週間は、ただの待ち時間ではない。
未来への助走期間なのだから。




