第76話 誓約の灯火譚
奴隷商館の帳場に、金貨袋が重く置かれた瞬間、空気が変わった。
鈍い金属音が、まるで宣告の鐘のように響く。
「怪我人と病人、借金奴隷。まとめて見せて」
店主が露骨に眉をひそめる。
「……お客様。普通は健康で若い者をお選びになりますが」
「戦力は数字だけやない。スキル構成を見せて」
迷いなく言い切るのは、宥子だ。
私は――容子は横で静かにため息をつく。
この人はいつもこうだ。常識より効率。情より合理。
けれど、一度拾った者は絶対に見捨てない。
最初に連れてこられたのは、痩せた少女。
「ルーシー、十八歳……流行り病で両親が亡くなり、借金が残りました」
次に、落ち着いた顔立ちの女。
「キャロル、三十二。商会経営に失敗」
若い男。
「ボブ、二十一。亡き妻の治療費が嵩み……」
そして小柄な老ドワーフ。
「イスハパン、二百歳。取り引き相手に騙された」
奥から現れたのは、家族三人。
「チルドル、十歳……」
顔色が悪く、呼吸が浅い。
「難病で治療費が嵩みました」
母マリー二十五、父ジョン二十九が必死に支えている。
「家族は一緒に買う」
即決だった。
最後に連れてこられたのは、赤銅色の鱗を持つ巨躯。
「ハンス、百二十二歳。ドラゴニュート」
背後には仲間。
ニック二十六。
レナ十九。
イーリン十七。
ドルイドのヘレン百八十七歳。
「事情を」
宥子の声は冷静だ。
「セブールでBランク依頼を受けた。だが実際はAランクだった」
空気が張り詰める。
「管理は誰や」
「ギルドマスター、ダリエラ」
その名を聞いた瞬間、宥子の目が冷えた。
「あの女か……」
以前会っている。
笑顔は愛想が良いが、現場の確認は甘い。
書類に目を通さず承認印を押す。
宥子の評価は一貫している。
――仕事の出来ない女。
「無能の管理不足や。確認もせんと承認。責任は下に押し付ける」
低い怒りが滲む。
「結果、違約金。奴隷落ち」
宥子は迷わない。
「全員買う」
金貨が積まれる。
屋敷へ戻ると、私は巫女の耳飾り・改を増産中だった。
「ただいま」
「……増えすぎやろ」
リビングが人で埋まる。
「奴隷としてやない。従業員として買い取りした」
宥子が全員の前に立つ。
「給金出す。休暇ある。病気怪我は治す」
チルドルが小さく咳き込む。
「容子」
「分かっとる」
私は膝をつき、少年の額に手を当てる。
魔力循環が歪み、内臓に負荷がかかっている。
エリアヒール。
柔らかな光が包み込む。
呼吸が安定する。
「……楽」
マリーが崩れるように泣いた。
宥子が静かに言う。
「ただし条件がある」
全員が身構える。
「魂の誓約をしてもらう」
「内容は三つ」
指を三本立てる。
「一つ。琴陵姉妹の秘密を外部に漏らさないこと」
視線が私に集まる。
「二つ。裏切らないこと」
「三つ。仲間を害さないこと」
簡潔だが重い。
「守れば、守る。破れば――契約は容赦せん」
アンナが前へ。
「私も誓約済みです。能力向上、加護安定、給与保証。かなりお得ですよ」
明るい声。
キャロルが問う。
「守秘の範囲は?」
「私らの能力、出自、特殊スキル、保有資産。詮索も拡散も禁止や」
イスハパンが腕を組む。
「裏切らねば良いのだな」
「そうや」
ハンスが低く問う。
「もしダリエラが圧力をかけてきたら」
「断る。それだけや」
揺らがない。
チルドルが小さく手を挙げる。
「ぼくも、まもれる?」
宥子はしゃがみ込み、目線を合わせる。
「守る側や。無理はさせへん」
最初に膝をついたのはジョンだった。
「誓います」
続いてマリー。
ルーシー。
ボブ。
キャロル。
イスハパン。
ハンスと仲間たちも膝をつく。
「誓う」
誓約陣が展開される。
淡い光。
奴隷首輪が消え、胸元に紋章が浮かぶ。
「……自由だ」
ニックが呟く。
「自由や。でも契約は守る」
私は耳飾り・改を配る。
「幸運値均等化。金運共有。運気安定」
レナが目を見開く。
「魔力が整う……」
チルドルが小さく笑う。
「なんか、あったかい」
宥子が全員を見渡す。
「ここは再起の場所や。奴隷やない。仲間や」
ダリエラは気づいていない。
自分の無能が、強い集団を生み出していることを。
琴陵姉妹の秘密を守る誓約。
裏切らぬ誓い。
仲間を害さぬ約束。
それは鎖ではない。
再起の灯火。
静かに、しかし確実に――
彼らの未来は動き出していた。




