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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第72話 伊勢神託録

 曰く付きビルの売買契約を終えた翌朝。


 まだ書類の整理も終わりきっていないタイミングで、宥子(ひろこ)は唐突に言った。


「伊勢、行くで」


 


 私はマグカップを持ったまま固まった。


「……は?」


伊勢神宮(いせじんぐう)や」


「何で今なん」


「今やからや」


 


 理屈になっていない。だが姉は本気の顔をしている。


 アンナは既にスマートフォンを操作していた。


「東京駅発、二時間後の新幹線に空席があります」


「取って」


「確保しました。名古屋経由で近鉄に乗り換えます」


 


 決断から三十秒。準備完了。


 このスピード感は嫌いではないが、巻き込まれる側としてはたまったもんやない。


 


「ビルの浄化は私やろ?」


「せやな」


「ほな何で姉が伊勢」


「橋渡しや」


「誰と誰の」


「神様同士」


 


 さらっととんでもないことを言う。


 


 新幹線の車内。


 発車と同時に、宥子(ひろこ)は目を閉じた。


 そして例の半透明ウィンドウが浮かび上がる。


 


【神託 取得可能】


 


 私は顔をしかめる。


「待て」


「取る」


 


 即決。


 ポイントが凄まじい勢いで減少する。


 


「ちょっ……桁おかしいやろ!? 何万飛ばした!?」


「必要経費」


 


 さらにスキルレベル上昇。


 また大量消費。


 


「アホちゃう!? それ私のエリアヒール拡張分やぞ!」


 


 宥子(ひろこ)は片目だけ開けて言う。


「うるさいなぁ。長期的視野や」


 


「神託なんか当てになる保証ないやろ」


 


「分かる」


 


 短く、迷いなく。


 その声には奇妙な確信があった。


 


 名古屋を越え、伊勢市へ。


 空気が変わる。


 湿度も匂いも、どこか柔らかい。


 


 まずは外宮。


 正式には豊受大神宮(とようけだいじんぐう)


 玉砂利を踏む音が静寂に溶ける。


 


 宥子(ひろこ)は丁寧に参拝する。


 二礼二拍手一礼。


 長めの黙想。


 


 私は少し離れて様子を見る。


 特別な異変はない。


 だが姉の周囲の空気が微妙に澄んでいくのが分かる。


 


「行くで、内宮」


 


 宇治橋を渡る。


 五十鈴川の清流が陽光を反射する。


 白い石段が正宮へと続く。


 


 その瞬間。


 


 宥子(ひろこ)の足が止まった。


 


「……来る」


 


 次の瞬間、姉の意識が切り替わる。


 


 


 ――白。


 


 上下左右の感覚が消える。


 音も重さもない。


 


 その中心に浮かぶ光の球体。


 優しく、しかし太陽そのもののような圧。


 


「……何者や」


 


 声は震えない。


 


『我は天照大神(あまてらすおおみかみ)


 


 名乗り。


 


 瞬間、理解する。


 偽りは一切ない。


 


 宥子(ひろこ)は自然と膝をついた。


 


「突然の無礼、お許しください」


 


『構わぬ』


 


 声は柔らかいが、宇宙規模の威厳を含む。


 


「お願いがあります」


 


『申せ』


 


「都内にて、遷座なく壊された社がございます。その御祭神――阿迦留姫命(あかるひめのみこと)との橋渡しを願いたい」


 


 一瞬、光が強まる。


 


『……知っておる』


 


 静かな肯定。


 


『怒りではない。悲しみである』


 


 その言葉に、宥子(ひろこ)は深く頭を下げる。


 


「祀り直します。鎮めます。そのための導きを」


 


 長い沈黙。


 だが拒絶は感じない。


 


『良かろう』


 


 光が包む。


 


『異界よりの干渉に対し、汝らは既に備えを成した。その礼でもある』


 


 異世界召喚への対策のことやと直感する。


 


 光の中心から、ゆっくりと勾玉が現れる。


 


 翡翠色。


 だが内側には太陽の輝きが渦巻く。


 


『これを媒介とせよ』


 


 宥子(ひろこ)は両手で受け取る。


 


「……感謝致します」


 


『導きは既にある。後は汝らの務め』


 


 光が収束する。


 


 


 視界が戻る。


 


 石段の前。


 


 姉の手の中には、確かな重み。


 


「おい、大丈夫か!」


 


 私は駆け寄る。


 


 宥子(ひろこ)はゆっくり手を開いた。


 


 神々しい翡翠の勾玉。


 


「……貰うてきた」


 


「誰から」


 


天照大神(あまてらすおおみかみ)


 


「だからポイント返せ」


 


「うるさい」


 


 だが冗談抜きで、本物や。


 勾玉から放たれる神威に、私のエリアヒールが共鳴する。


 


「橋渡し、了承や」


 


阿迦留姫命(あかるひめのみこと)は?」


 


「怒ってへん。悲しんでるだけや」


 


 私は息を吐く。


 


「ほな、後は私の出番やな」


 


「せや」


 


 宇治橋を戻る足取りは軽い。


 


 曰く付きビルは、単なる問題物件やない。


 


 神と神を繋ぐ場になる。


 


 その中心にあるのは、太陽の勾玉。


 


 宥子(ひろこ)は空を見上げた。


 


「段取り完了や」


 


 私は肩をすくめる。


 


「ほんま、スケールでかすぎや」


 


 だが確実に歯車は噛み合った。


 


 東京へ戻れば、浄化。


 そして社の建立。


 


 太陽の導きのもと、新たな局面が始まろうとしていた。

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