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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第71話 曰く交渉録

 時間は少し遡る。


 まだ、あの曰く付きビルが私たちの手に渡る前の話や。


 ――とはいえ、わざわざ地方から出向いたわけやない。


 私――容子(まさこ)と姉――宥子(ひろこ)は、もともと東京在住や。


 今回、不動産会社へ足を運んだのは姉とアンナの二人。私は別件で動いていた。


 拠点拡張。


 法人化を見据えたビル購入。


 それが目的やった。


 


 訪れたのは都内某所、ガラス張りの綺麗なオフィス。


 担当は(わたり)


 三十代半ば、愛想は良いが、目の奥に“営業の計算”が見えるタイプや。


「本日はありがとうございます。ご希望条件に近い物件をいくつかご用意しました」


 テーブルに並ぶ資料。


 駅徒歩三分、築五年、延床二百八十平米。


 価格六千八百万。


 


「高いな」


 宥子(ひろこ)が一言。


 


 次。


 築七年、商業地域ど真ん中。


 七千三百万。


 


「立地は良いですが、割高です」


 アンナが冷静に切る。


 


 さらに数件。


 五千万台後半。


 どれも悪くない。


 だが決め手に欠ける。


 


「二十三区内、築浅、駅近。条件揃えたらこんなもんです」


 (わたり)が苦笑する。


 


 宥子(ひろこ)は椅子にもたれ、腕を組んだ。


「もう少し“面白い”物件ないん?」


 


 一瞬、(わたり)の視線が泳いだ。


 


「……実は、ございます。ただし」


「ただし?」


「いわゆる、曰く付きです」


 


 差し出された資料。


 駅徒歩四分。


 築十二年。


 延床三百二十平米。


 


 価格――三千万円。


 


 アンナが即座に反応する。


「安すぎますね」


 


 写真がテーブルに置かれた。


 


 その瞬間。


 空気が、重くなる。


 


 写真越しでも分かる。


 建物上部に黒い澱み。


 光を吸う影。


 


 宥子(ひろこ)はじっと見つめ、ふっと笑った。


「なるほどな」


 


「建設前、この土地には小規模な神社があったそうです。しかし正式な遷座手続きを行わずに取り壊された、と」


 


「ほう」


 


「それ以降、オーナーが短期間で三回変わり、テナントも定着しません。怪異の噂も絶えず……」


 


 アンナが写真を拡大する。


「確かに、何かが滞留していますね」


 


 宥子(ひろこ)は軽く指で写真を叩いた。


「これ、放置したらどうなる思う?」


 


「……大きな事故、もしくは経営破綻」


 


「担当のあんたも縁出来とるで」


 


 (わたり)の顔色が変わる。


 


「扱った物件や。流れは巡る」


 


 沈黙。


 


 そして姉はあっさり言った。


 


「二千万なら即金で買う」


 


「に、二千万!?」


 


「浄化込みや」


 


「浄化……?」


 


「うちの妹、容子(まさこ)が除霊できる」


 


 断言。


 


 アンナも淡々と続ける。


「エリアヒールによる広域浄化が可能です。建物全体を一度で整えられます」


 


 (わたり)は額の汗を拭う。


「二千万は……さすがに」


 


「今のままやと売れへん。維持費だけ積み上がる。事故起きたらゼロや」


 


 冷静な指摘。


 


「それに、神社を遷座せず壊した土地や。厄は残る。今後も関わる人間に流れる可能性あるで」


 


 その一言が決定打やった。


 


「……少々お待ちください」


 


 (わたり)は席を外し、電話をかける。


 ガラス越しに見える背中は強張り、何度も頭を下げている。


 


 数分後。


 戻ってきた彼の顔は疲労で青白い。


 


「……二千五百万であれば、とのことです」


 


 アンナが即座に確認。


 宥子(ひろこ)は迷わない。


 


「現金一括」


 


「はい」


 


「買う」


 


 即断即決。


 


 (わたり)は深く息を吐いた。


「本当に……大丈夫なんですね?」


 


 宥子(ひろこ)は静かに微笑む。


 


「大丈夫や。あれは呪いやない。ただの歪みや。容子(まさこ)が整えたら終わりや」


 


 確信に満ちた声。


 


 こうして。


 都内二十三区内、駅近、三百平米超のビルは、二千五百万で売買成立。


 


 本来なら誰も手を出さなかった曰く付き物件。


 


 だが姉には計算があった。


 


 ――浄化出来る人間が、身内にいるという圧倒的な優位性。


 


 禍々しい写真は、契約書の一枚へと変わる。


 


 そして後日。


 その歪みは、私――容子(まさこ)のエリアヒールで一掃されることになる。


 


 すべては、計算通りやった。

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