第70話 屋上神社譚
私たちが三つ葉ショッピングモールから帰宅して数時間後。
姉――宥子がやたらと機嫌良く帰ってきた。
こっちはイザベラの壊滅的センス問題とワウル改造計画で精神をごっそり削られているというのに、何やその爽やかな顔は。
「お疲れ気味やね、容子」
「誰のせいや思てんねん」
私は今日の顛末を語り、蛍光ピンクのシャツや痛スマホをテーブルに並べた。
姉は一瞬言葉に詰まる。
「……室内限定やな」
「やろ?」
ハーフタレント並みに可愛いのに、中身がアキバ全開仕様。
サイエスでは絶対私の作った服を着せると固く誓った瞬間、姉のスマホが鳴った。
「はい、琴陵です」
ビジネス口調。
『例のビル、三千万円でOKです』
「明日伺います。現金用意しときます」
通話終了。
私はゆっくり顔を上げる。
「今の何」
「曰く付きビル買うた」
「馬鹿たれ!!」
翌日、本当に契約完了。
大阪市内、駅近、格安、そして怪談付き。
内部に入った瞬間、分かる。
重い。
空気が澱んでいる。
階段の踊り場に“溜まり”がある。
ワウルが震える。
「姐さん……なんか居るっす」
イザベラは目を細める。
「視える」
私は深く息を吸った。
「ほな、やるか」
屋上まで上がる。
コンクリートの上に立ち、目を閉じる。
体内の魔力を巡らせる。
私の得意分野は回復。
単体やなく、広範囲。
「エリアヒール」
足元から淡い光が広がる。
波紋のように、ビル全体へ。
最初は静かやった。
次の瞬間――
空気が悲鳴を上げた。
低い唸り声。
壁の奥で何かが弾ける感覚。
光は止まらない。
癒しの力は、傷だけでなく“歪み”も修復する。
地下から屋上まで、澱みを洗い流す。
黒い霧のようなものが、溶けるように消えていく。
ワウルが目を見開く。
「消えてく……!」
イザベラが呟く。
「……温かい」
最後に、屋上中央へ魔力を集中。
「もう一段や」
光が一段階強まる。
ビル全体が一瞬震え――
静寂。
重さが消えた。
澄んだ風が吹く。
私は膝をつく。
「……終わりや」
姉が腕を組んで頷く。
「流石やな」
「最初から私にやらせるつもりやったやろ」
「せや」
悪びれない。
ビルの空気は一変していた。
湿った重苦しさは消え、ただの建物になっている。
「これで安心や」
ワウルが大きく息を吐く。
その後、屋上に簡易の祠を設置。
翡翠の勾玉を中央へ。
神気と私のエリアヒールが重なり、場は完全に清浄化された。
数日後、宮大工が入り、本格的な社が完成。
檜の香りが屋上に広がる。
私は白装束を着せられた。
「何で神主役やねん」
「神官スキル持ちやろ」
「便利屋扱いやんけ」
祝詞はスキル補助で何とかなる。
だが今回は違う。
既に場は清められている。
祀るのは“感謝”や。
夜。
大阪の夜景を見下ろしながら、屋上社に灯りがともる。
「姐さん、ビルオーナーっすよね?」
「せやな」
イザベラは静かに言う。
「……ここ、好き」
蛍光ピンクTシャツで神域立つな。
「外出用は作る言うたやろ」
「それは別」
ぶれない。
テナントの問い合わせは翌週から増え始めた。
噂は消え、空室は埋まり始める。
「エリアヒール、万能すぎひん?」
姉が笑う。
「回復は再生や。土地も建物も同じや」
私は屋上の鈴を鳴らす。
澄んだ音が夜に響く。
曰く付きビルは、もうただのビルやない。
浄化され、守られ、そして私たちの拠点になった。
「次は何する気や」
「さあな」
その顔、また何かやるな。
私は深くため息をつき――そして笑った。
怪異も曰くも、全部まとめて浄化してやる。
それが私、容子のやり方や。




