第69話 初和食感動
三つ葉ショッピングモールから戻る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
両手いっぱいの買い物袋。
右にはイザベラ、左にはワウル。
その真ん中を歩きながら、私はふと気づく。
――そういや、この二人。
ちゃんとした“日本食”はまだやったな。
玄関の扉を開けた瞬間、ティムカルテットが飛び出してくる。
<おかえりぃ!>
<腹減ったぁ!>
<歓迎会やぁ!>
「キシャ!」
「分かっとる。今日は特別や」
私は腕まくりをした。
「初日本食やで」
イザベラが帽子の下からこちらを見る。
「日本食……?」
「この国の基本の飯や。覚えといて損はない」
ワウルは目を輝かせる。
「肉っすか!?」
「まあ待て」
キッチンに立つ。
炊飯器の蓋を開けると、ふわりと湯気が立つ。
白く艶やかな米。
「……綺麗」
イザベラが呟く。
「主食や」
味噌汁の鍋を火にかける。
出汁の香りが広がる。
ワウルの鼻がぴくぴく動く。
「何か……落ち着く匂いっす」
「出汁や。昆布と鰹」
「海の匂いがする」
イザベラの言葉は鋭い。
フライパンでは生姜焼き。
ジュウッと音を立て、甘辛い香りが弾ける。
キャベツを千切りにして山盛り。
副菜はほうれん草のおひたしと、出汁巻き卵。
最後に漬物。
「今日は王道や」
テーブルに並ぶ。
白米。
味噌汁。
豚の生姜焼き。
副菜。
漬物。
「いただきます」
私が手を合わせる。
二人は戸惑う。
「食べる前の挨拶や。命を頂く感謝」
イザベラが静かに手を合わせる。
「……いただきます」
ワウルも慌てて真似する。
まずは味噌汁。
イザベラが慎重に一口。
止まる。
もう一口。
さらにもう一口。
「……温かい」
「当たり前や」
「違う。体の奥が、温かい」
その声は小さいが、確かに震えていた。
ワウルは白米を一口。
目を見開く。
「甘いっす!?」
「米の甘みや」
「こんな主食、初めてっす……!」
生姜焼き。
ワウルが豪快に頬張る。
「うっま!!!」
叫ぶな。
「肉が柔らかい……甘辛い……でもしつこくない……!」
イザベラも静かに一口。
咀嚼。
目が、わずかに揺れる。
「……肉が、優しい」
「優しい?」
「暴力的じゃない」
その言葉に、私は一瞬手を止めた。
きっと、今まで食べてきたのは粗末な飯か、硬い肉か、奪い合う食事やったんやろう。
出汁巻き卵。
イザベラが箸でつまむ。
「柔らかい」
一口。
そして――
「……甘い」
驚きが混じる。
「砂糖少し入れとる」
「卵が、こんな味になるのか」
気づけば、二人とも無言で食べ続けている。
箸が止まらない。
ワウルは三杯目。
イザベラも二杯目。
味噌汁のおかわりを注ぎながら、私は何気なく聞く。
「どうや」
ワウルは即答。
「最高っす!!」
イザベラは少し考える。
「……知らなかった」
「何をや」
「食事が、こんなに静かで、温かいものだとは」
ティムカルテットも周囲で盛り上がる。
<うまいぃ!>
<白い粒最高!>
<出汁やばいぃ!>
「キシャァ!」
イザベラが箸を置く。
「容子」
「なんや」
「また、作れ」
命令口調。
でもその声は、ほんの少し柔らかい。
「材料あればな」
「覚える。手伝う」
私は笑う。
「ええで。料理も勉強や」
ワウルが満腹で倒れ込む。
「幸せっす……」
「太るで」
「それでもいいっす」
イザベラは最後の米粒まで丁寧に集めて食べる。
そして静かに言う。
「……ありがとう」
小さい声。
でも確かに、心からの声やった。
私は茶碗を下げながら思う。
名前を与え、歓迎し、服を買い、そして一緒に飯を食う。
家族になるってのは、こういう積み重ねなんやろう。
「次は寿司か、天ぷらか」
私が言うと、ワウルが跳ね起きる。
「全部っす!!」
イザベラは静かに頷く。
「未知の味は、悪くない」
その夜。
キッチンには、出汁の残り香。
テーブルには笑い声。
そして――
初めて、日本の食卓で心から満たされた二人の姿があった。




