第68話 歓迎準備
イザベラと名付けてから、まだ半日も経っていない。
番号ではなく名前で呼ぶ――それだけのことやのに、空気が少し変わった気がするのは気のせいやろか。
姉――宥子は、スキル取得の最終確認が終わると、アンナを連れてどこかへ出かけていった。
「後は頼んだで、容子」
それだけ言い残して。
あの目は完全に“次の布石”を打つ目やった。拠点拡張か、人員確保か、それともCremaの販路強化か。どのみち、派手なことを仕掛けるに違いない。
結果、家に残ったのは――私、容子と、ワウルと、そして新入りのイザベラ。
私は腕を組んで二人を見る。
「よし。今日は勉強と買い物や」
「勉強?」
イザベラが首を傾げる。帽子の影で銀髪が揺れる。
「この世界で生きるなら、常識は必要や。知識は武器やからな。ついでに生活用品も揃える」
私は一枚の紙を取り出す。
「確認や。この文字読んでみぃ」
“買い物しよう”
「買い物しよう」
イザベラは淀みなく読む。
「買い物しようっす」
ワウルも問題なし。
「OK。読み書き問題なし。ほな実地や」
私はイザベラをじっと見る。
「帽子は絶対取ったらあかんで。耳目立つからな」
「分かった」
即答。素直やけど態度は堂々。
ほんま、奴隷として買われた直後とは思えへん。
そのとき――
<待ったぁ!!>
<歓迎会や!>
<新入りさんを祝うのぉ~>
「キシャァ!」
ティムカルテットが完璧なフォーメーションで飛び出してきた。
フードの上で決めポーズ。
絶対戦隊モノの影響受けとる。
「お前らは留守番」
<嫌や!>
<家族やろ!>
<鬼ですのぉ!!>
総攻撃。
そして。
イザベラが、ほんの少しだけ目を細めた。
……歓迎されるのは、嫌やないんやな。
「しゃーない。サクラと楽白はフード。紅白と赤白は籠や」
一斉に配置完了。
「今度こそ出発や!」
まずはスマホ契約。
「連絡手段は必須や。緊急時もある」
イザベラは端末をじっと見る。
「これで遠くと繋がる?」
「せや」
「便利」
短い感想。でも目は真剣や。
吸収が早い。
そのまま三つ葉ショッピングモールへ。
巨大な建物にイザベラがわずかに目を見開く。
「……でかいな」
「迷子防止や」
両手を繋ぐ。
右にイザベラ、左にワウル。
周囲の視線が刺さるが気にせん。
「好きなもん選べ。ただし常識の範囲内な」
最初は下着屋。
「キャーーーーーー!!」
ワウル絶叫。
「何でお前が叫ぶねん!?」
「場違いっす!!」
「姫抱っこで入るか?」
「入ります!!」
即座に大人しくなる。
「イザベラ、選び」
イザベラは店内を見渡し――
向かいの派手な痛シャツ店を指差した。
「あっちが良い」
「下着やぞ?」
「服も必要」
理屈は通っている。
向かいの店へ移動。
視線がグサグサ刺さる。
イザベラは一直線に派手色コーナーへ。
蛍光ピンク、原色ブルー、ド派手柄。
籠にポイポイ。
「姐さん……趣味」
「言うな」
「これが良い」
満面の笑み。
……壊滅的や。
「可愛い店もあるで?」
「趣味じゃない」
即答。
結局、蛍光色満載の籠を清算。
安く済んだのが救いか。
次はワウル。
「改造計画や」
高級メンズブランドへ放り込む。
「普段五、外出二。最大限引き出して」
店員が目を輝かせる。
三時間後。
ゲッソリワウルと、キラキラ店員。
「良えやん」
雰囲気が激変。
「カード一括で」
帰り道。
荷物を抱え、再び両手を繋ぐ。
夕方の光が長い影を作る。
「どうや、イザベラ」
少しの沈黙。
「……悪くない」
ほんの僅か、柔らかい声。
番号だった存在が、名前を持ち、歓迎され、笑われ、買い物をする。
小さなことや。
でも大事なことや。
「次は勉強会やで。常識、歴史、金の流れ」
「全部覚える」
「スパルタやで?」
「望むところ」
太々しい笑み。
けど、その瞳にはもう諦めはない。
イザベラは№1052やない。
私たちの仲間や。
歓迎会はこれから本番やし、教育も容赦せん。
私は小さく笑う。
「覚悟しときや、イザベラ」
「上等」
夕焼けの中、私たちは家路についた。
新しい家族を迎えて。




