第67話 奴隷落札
闇市から戻った夜は、妙に空気が重たかった。
マーキュリーホテルの地下――仮面に隠された欲望と金の匂い、値を吊り上げる声、木槌の乾いた音。それらがまだ耳の奥に残っている。
その余韻を振り払うように、私は――容子は台所で皿を洗っていた。
水音だけが静かに響く。
今日の収支は、数字だけ見れば圧勝や。
出品したローブは白金貨一万枚。手数料を引かれても九千枚が手元に残った。そして白金貨一枚でハーフエルフを確保。
差し引き、莫大な黒字。
……せやけどな。
本当に価値があるのは、金やない。
リビングでは、宥子とアンナが地図を広げて真剣な顔で話し合っている。
「生産区画と住居は完全に分けるべきやな」
「ええ。衛生管理も考慮すれば、動線の再設計は必須です」
声色が完全に商人や。
Cremaが広がれば広がるほど、管理も責任も重くなる。
私はため息をつく。
「ほんま、働かせ過ぎやろ……」
横でワウルが小声で言う。
「姐さん、あの二人の目、完全に戦場の指揮官っす」
「金の戦場やな」
今は近づかん方がええ。
部屋の端。
そこにいるのが、今日手に入れたハーフエルフ。
印象に残らない顔立ち。人混みに紛れれば二度と見つけられへんやろう。
けど、その内側にある魔力量は異常や。
空気がわずかに震えるほどの密度。
そして何より――態度がでかい。
「名前、あるんか?」
私が聞くと、少女は肩をすくめた。
「番号で呼ばれてた。嫌い」
怯えも、遠慮も、媚びもない。
闇市帰りとは思えへん太々しさ。
「ほな、今日から名前あるで」
宥子が視線を向ける。
「容子が決めたらええやん」
私は少女の瞳をじっと見る。
揺れない。
強い光がある。
「イザベラ。どうや?」
一瞬の間もなく、返事が来た。
「悪くない。それでいい」
……ほんま上からやな。
奴隷紋が淡く光る。
「よろしくな、イザベラ」
「容子、命令とかする気ある?」
「必要ならな」
「ふーん。あたし、理不尽嫌いだから」
その言い草。
そして視線は宥子へ向く。
「宥子、あんたがボス?」
場の空気がわずかに張り詰める。
宥子は眉一つ動かさず答えた。
「まあな」
「強い?」
「弱くはない」
「なら問題ない」
アンナへ。
「アンナ、参謀?」
「……そうなりますね」
「ワウル、雑魚」
「ひどっ!?」
遠慮ゼロ。
奴隷という立場を理解しているのか疑うレベルや。
けど――嫌いやない。
翌朝。
私はアトリエで収納機能付きの指輪を調整していた。
闇市には鑑定持ちが多かった。和風ドレスの真の性能は隠してあるが、隠蔽層はさらに重ねるべきや。
「もう一段、魔力干渉を散らすか……」
ノック。
「入るで」
宥子や。
「マンション候補三つ」
「行動早すぎやろ」
「商業区寄り、駅近、郊外広め」
「生産拡張考えたら広め一択や」
「やんな」
Cremaはもう趣味規模やない。
本格的に人員を増やす段階や。
そのとき、廊下から鈍い衝撃音。
「容子、これどうやる?」
イザベラの声。
急いで行くと、空気が揺らいでいる。
魔力漏出。
「無意識か?」
「知らん。勝手に出る」
焦りゼロ。
私は指輪に魔力を流し、薄膜ウォーターボールを展開。冷却と吸収を同時に行う。
紅白と赤白が腕に巻き付き、魔力を整流。
サクラがぷるんと震える。
〈核が不安定ですのぉ〉
楽白が静かに魔力を視る。
「容子、これ暴発したら家飛ぶ?」
「可能性ゼロちゃう」
「じゃあ早く教えろ」
ほんま命令口調やな。
私は肩を掴む。
「腹に落とすイメージや。溢れる前に掴め」
イザベラは目を閉じる。
空気の揺れが徐々に収束する。
そして――ぴたりと止まった。
早すぎる。
「飲み込み異常やろ」
「当然」
ドヤ顔や。
宥子が腕を組む。
「面白い子やな」
「宥子、あたし強くなる。弱いの嫌い」
「その気概は評価する」
「評価とかいらん。結果出す」
夜。
全員が寝静まったあと、私はアトリエで指輪を撫でる。
闇市。
ローブ九千枚。
太々しいハーフエルフ、イザベラ。
金は増えた。
拠点は拡張する。
人員も増やす。
でも――本当に厄介で面白いのは、このイザベラや。
「強くなりたい、か」
背後から声。
「容子」
振り向くとイザベラ。
「強くなる方法、全部教えろ」
「相変わらず上からやな」
「当然。あたしは下にいる気ない」
その目は本気や。
私は笑う。
「ほな覚悟しとけ。地獄見るで」
「望むところ」
その笑みは、恐れではなく挑戦。
私は確信した。
この子は波乱を呼ぶ。
そしてきっと――Cremaの未来を大きく揺らす存在になる。
収納指輪が、静かに光った。




