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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第67話 奴隷落札

 闇市から戻った夜は、妙に空気が重たかった。


 マーキュリーホテルの地下――仮面に隠された欲望と金の匂い、値を吊り上げる声、木槌の乾いた音。それらがまだ耳の奥に残っている。


 その余韻を振り払うように、私は――容子(まさこ)は台所で皿を洗っていた。


 水音だけが静かに響く。


 今日の収支は、数字だけ見れば圧勝や。


 出品したローブは白金貨一万枚。手数料を引かれても九千枚が手元に残った。そして白金貨一枚でハーフエルフを確保。


 差し引き、莫大な黒字。


 ……せやけどな。


 本当に価値があるのは、金やない。


 


 リビングでは、宥子(ひろこ)とアンナが地図を広げて真剣な顔で話し合っている。


「生産区画と住居は完全に分けるべきやな」


「ええ。衛生管理も考慮すれば、動線の再設計は必須です」


 声色が完全に商人や。


 Crema(クリマ)が広がれば広がるほど、管理も責任も重くなる。


 私はため息をつく。


「ほんま、働かせ過ぎやろ……」


 横でワウルが小声で言う。


「姐さん、あの二人の目、完全に戦場の指揮官っす」


「金の戦場やな」


 今は近づかん方がええ。


 


 部屋の端。


 そこにいるのが、今日手に入れたハーフエルフ。


 印象に残らない顔立ち。人混みに紛れれば二度と見つけられへんやろう。


 けど、その内側にある魔力量は異常や。


 空気がわずかに震えるほどの密度。


 そして何より――態度がでかい。


「名前、あるんか?」


 私が聞くと、少女は肩をすくめた。


「番号で呼ばれてた。嫌い」


 怯えも、遠慮も、媚びもない。


 闇市帰りとは思えへん太々しさ。


「ほな、今日から名前あるで」


 宥子(ひろこ)が視線を向ける。


容子(まさこ)が決めたらええやん」


 私は少女の瞳をじっと見る。


 揺れない。


 強い光がある。


「イザベラ。どうや?」


 一瞬の間もなく、返事が来た。


「悪くない。それでいい」


 ……ほんま上からやな。


 奴隷紋が淡く光る。


「よろしくな、イザベラ」


容子(まさこ)、命令とかする気ある?」


「必要ならな」


「ふーん。あたし、理不尽嫌いだから」


 その言い草。


 


 そして視線は宥子(ひろこ)へ向く。


宥子(ひろこ)、あんたがボス?」


 場の空気がわずかに張り詰める。


 宥子(ひろこ)は眉一つ動かさず答えた。


「まあな」


「強い?」


「弱くはない」


「なら問題ない」


 アンナへ。


「アンナ、参謀?」


「……そうなりますね」


「ワウル、雑魚」


「ひどっ!?」


 遠慮ゼロ。


 奴隷という立場を理解しているのか疑うレベルや。


 けど――嫌いやない。


 


 翌朝。


 私はアトリエで収納機能付きの指輪を調整していた。


 闇市には鑑定持ちが多かった。和風ドレスの真の性能は隠してあるが、隠蔽層はさらに重ねるべきや。


「もう一段、魔力干渉を散らすか……」


 ノック。


「入るで」


 宥子(ひろこ)や。


「マンション候補三つ」


「行動早すぎやろ」


「商業区寄り、駅近、郊外広め」


「生産拡張考えたら広め一択や」


「やんな」


 Crema(クリマ)はもう趣味規模やない。


 本格的に人員を増やす段階や。


 


 そのとき、廊下から鈍い衝撃音。


容子(まさこ)、これどうやる?」


 イザベラの声。


 急いで行くと、空気が揺らいでいる。


 魔力漏出。


「無意識か?」


「知らん。勝手に出る」


 焦りゼロ。


 私は指輪に魔力を流し、薄膜ウォーターボールを展開。冷却と吸収を同時に行う。


 紅白(こうはく)赤白(せきはく)が腕に巻き付き、魔力を整流。


 サクラがぷるんと震える。


〈核が不安定ですのぉ〉


 楽白(らくはく)が静かに魔力を視る。


容子(まさこ)、これ暴発したら家飛ぶ?」


「可能性ゼロちゃう」


「じゃあ早く教えろ」


 ほんま命令口調やな。


 


 私は肩を掴む。


「腹に落とすイメージや。溢れる前に掴め」


 イザベラは目を閉じる。


 空気の揺れが徐々に収束する。


 そして――ぴたりと止まった。


 早すぎる。


「飲み込み異常やろ」


「当然」


 ドヤ顔や。


 


 宥子(ひろこ)が腕を組む。


「面白い子やな」


宥子(ひろこ)、あたし強くなる。弱いの嫌い」


「その気概は評価する」


「評価とかいらん。結果出す」


 


 夜。


 全員が寝静まったあと、私はアトリエで指輪を撫でる。


 闇市。

 ローブ九千枚。

 太々しいハーフエルフ、イザベラ。


 金は増えた。


 拠点は拡張する。


 人員も増やす。


 でも――本当に厄介で面白いのは、このイザベラや。


「強くなりたい、か」


 背後から声。


容子(まさこ)


 振り向くとイザベラ。


「強くなる方法、全部教えろ」


「相変わらず上からやな」


「当然。あたしは下にいる気ない」


 その目は本気や。


 私は笑う。


「ほな覚悟しとけ。地獄見るで」


「望むところ」


 その笑みは、恐れではなく挑戦。


 私は確信した。


 この子は波乱を呼ぶ。


 そしてきっと――Crema(クリマ)の未来を大きく揺らす存在になる。


 収納指輪が、静かに光った。

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