第59話 王都散策録
巨大な城門をくぐった瞬間、私は無意識に息を呑んでいた。
ここが王都アルディア。
地方都市とは空気の重みが違う。漂う魔力の密度、石畳に刻まれた年月、行き交う冒険者たちの視線――そのすべてが「選ばれた者だけが立つ場所」だと語っている。
高くそびえる塔。整然と並ぶ白亜の建物。空を横切る飛行魔獣の影。
私は思わず呟いた。
「……広っ。」
その瞬間、脳内に声が響く。
〈せやろ?さすが王都や〉
紅白の落ち着いた声。
〈あっち武器屋、こっち魔道具やな〉
赤白が楽しげに続く。
〈甘い匂いがしますのぉ~。きっとお菓子ですのぉ〉
サクラがぷるぷる震える。
「キシャ……」
楽白が私のフードの奥で微かに脚を鳴らす。
この声は、私にしか聞こえない。
契約されている者以外には決して届かない、閉ざされた秘声。
だから周囲から見れば、私はただ黙って街を見上げている少女だ。
だが実際は違う。
私の内側は常に賑やかだ。
⸻
宿に荷物を置き、宥子とアンナはギルドへ報告へ向かった。
「適当に歩いてくる。」
そう告げて外へ出る。
王都の大通りは人波が絶えない。
鎧姿の騎士。高位魔術師らしきローブ姿。商人。観光客。獣人。
それぞれが確固たる目的を持って歩いている。
私は、まだ未熟だ。
それを嫌でも思い知らされる。
<気にすんな>
紅白が言う。
<あいつらレベル高いけど、容子は尖っとる>
赤白が続く。
尖っている。
そう、私は特化型。
回復能力は微々たるもの。
正直に言えば、下級ポーション劣より劣る。
自分にヒールをかけても、傷口がじわりと閉じる程度。即効性もない。戦闘中に頼るには心許ない。
だが――
洞窟での一件がある。
王都へ向かう途中、距離短縮のため入ったアンデット洞窟。
私は物理で殴りながら、自分にヒールをかけ続けた。
宥子達は傍観。
最初は訓練のつもりだった。
だが徐々に苛立ちが募る。
「ちょっとは手伝ってよ!」
返ってきたのは冷静な声。
「自分で考え。」
その瞬間、私はキレた。
目の前のアンデットにヒールを放つ。
光が走る。
一撃浄化。
アンデットは悲鳴もなく霧散した。
私は呆然とした。
聖魔法はアンデットに特効。
私の微弱な回復でも、対象次第では致命打になる。
それが私の「尖り」だった。
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私は王都の魔道具店へ足を向ける。
重厚な扉を開けると、澄んだ魔力の気配が満ちていた。
「いらっしゃいませ。」
老練な店主が微笑む。
私は迷わず聖属性関連の棚へ向かう。
そこで見つけた。
銀の腕輪。
「アンデット特効増幅です。聖属性を底上げします。」
装着した瞬間、体内の魔力が澄んだ。
流れが整う。
光が濃くなる感覚。
<ええやん>
<洞窟もう一回行けるで>
〈光るの好きですのぉ〉
楽白は無言だが、脚をわしゃわしゃ動かしている。
私は小さく笑い、値切り交渉を始めた。
王都価格は高い。
だが洞窟産素材を提示し、最終的に納得の値段で購入。
腕輪は私の新たな武器になった。
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夕暮れ。
宿へ戻る。
扉を開けると宥子がベッドに腰掛けていた。
「何買ったん?」
「聖属性増幅。」
「また尖らせたな。」
「うん。どうせ万能じゃないし。」
姉は苦笑する。
「まあ、アンデット限定兵器やな。」
否定できない。
だが私は思う。
万能である必要はない。
極めればいい。
⸻
夜。
窓の外に王都の灯りが広がる。
私はベッドに横たわる。
〈明日も回るで〉
〈ギルド裏も面白そうや〉
〈甘いの探しますのぉ〉
楽白は静かに私の胸元に丸まる。
声は私にしか聞こえない。
でも確かに存在する。
秘められた絆。
私は一人じゃない。
回復は弱い。
だが特効は鋭い。
そして何より、私には考える時間をくれる姉がいる。
手助けしてくれなかったことに腹は立った。
だがその結果、私は気づいた。
さらに――
あの戦闘の後、私はエリアヒールを覚えていた。
範囲回復。
微弱でも、仲間全体に行き渡る光。
姉は言った。
「怒りも糧や。」
私は拳を握る。
王都は広い。
強者が集う地。
だが私はここで止まらない。
容子は未熟。
けれど、確実に尖っている。
誰にも聞こえない声が、私を強くする。
王都の夜は深い。
だが私の内側には、確かな光が灯っていた。




