第56話 王都出立前夜
ここ三日――ティムカルテットがやけに大人しい。
紅白、赤白、サクラ、そして楽白。
あの冷蔵庫襲撃事件以来、無期限缶パンとマウスの刑を受けている四体だが、泣き言ひとつ言わず、妙に従順である。
正直に言おう。
怖い。
私は卓袱台に肘をつき、向かいの留美生へ視線を向けた。
「なぁ、留美生。あいつらの食事、本当に乾パンとマウスなん?」
「せやで。それ以外はやらん。甘やかしたらまた冷蔵庫漁るやろ」
即答である。
私はちらりと横を見る。
部屋の端に正座する四人。
紅白は姿勢よく乾パンを齧り、赤白も無駄な動きなく咀嚼している。舌は出ていない。瞳孔も丸い。
サクラは人型を安定させ、小さな手でマウスを持っている。
そして楽白は無言で座り、静かに食事をしている。背中に脚の気配はない。
「随分大人しいと思わん?」
「言われてみれば、せやな」
私は四人を睨む。
「何か企んでるんやないやろうな?」
サクラが顔を上げる。
〈そんなことないですのぉ。ちゃんと反省してますのぉ〉
幼い声。語尾がふわりと甘い。
赤白がぼそりと続ける。
〈暴れたら飯減るやろ〉
現実的だ。
紅白も真面目な顔で言う。
〈学習はした〉
……成長はしているらしい。
楽白は何も言えない。
言えないが、深く頭を下げた。
喋れない代わりに、態度で示す。
私は唇を尖らせる。
「ほんまに気のせいか……?」
留美生がケケケと笑う。
「反省しとるんやろ。ま、罰は継続やけどな」
四人の肩が同時に落ちた。
⸻
話題は王都へ移る。
「王都へ行ってセブールの冒険者ギルドの実態を報告せなあかん。ドワーフの洞窟は後や」
私は机を叩いた。
「ええー!! ドワーフの洞窟行きたかった!」
技術!鉱石!鍛造!
留美生は冷静だ。
「報・連・相や。中央に先手打たれたら終わりや」
私はぐっと言葉に詰まる。
サクラが首を傾げる。
〈ドワーフさんってそんなにすごいですのぉ?〉
「すごいねん! 技術の塊や!」
〈じゃあ王都でいっぱい材料集めてから行けば、もっとすごいこと出来るですのぉ?〉
……天才か。
私は目を見開く。
「それや!」
赤白が静かに言う。
〈中央怒らせるのは得策ちゃう〉
紅白も頷く。
〈順番は大事〉
ぐぬぬ。
だが正論だ。
⸻
移動手段の話になる。
サイエス経由で王都へ向かう予定だ。
「消音の電動スクーター二つ追加。原付も二つ」
アンナが戸惑う。
自転車練習の結果は惨敗だった。
転ぶ、ぶつかる、止まれない。
サクラが心配そうに言う。
〈アンナさん、だいじょうぶですのぉ?〉
アンナはしょんぼり。
結局、後部座席担当になった。
⸻
その夜。
私は物音で目を覚ました。
廊下の先に灯り。
覗く。
ティムカルテットが集まっている。
サクラが真面目な顔で言う。
〈王都は危ないですのぉ〉
赤白が低く続ける。
〈中央は強い〉
紅白が補足。
〈金も権力もある〉
そして楽白は紙を広げていた。
王都周辺の地図。
門の位置、詰所、裏路地。
無言で指差し、皆が頷く。
……私達を守るための作戦会議だ。
罰を受けながら。
私は胸がじんわり熱くなる。
⸻
翌朝。
私は何も知らない顔で言う。
「準備終わったらサイエス行くで」
紅白が拳を握る。
〈了解〉
赤白も頷く。
〈守る〉
サクラが元気に言う。
〈がんばるですのぉ!〉
楽白は胸に手を当て、深く頭を下げた。
声は出ない。
だが覚悟は見える。
私は小さく笑う。
「王都で全部片付けたら――ドワーフの洞窟や」
サクラが跳ねる。
〈やったですのぉ!〉
紅白と赤白が拳を上げる。
楽白は力強く何度も頷いた。
ヘビ二匹、スライム一体、蜘蛛一匹。
そして私達。
王都遠征は波乱必至。
だが今回は一枚岩。
琴陵家の王都出立は、静かに、しかし確実に動き出したのだった。




