第53話 無断宴会改
「今日は作り置きに絶対手ぇ出すなよ?」
私は冷蔵庫の前で腕を組み、低い声で言った。
隣では容子が同じく真顔で頷く。
「二日分や。明日の弁当と、明後日の分まで計算済みやからな」
琴陵家のキッチンに、緊張感が走る。
正座する紅白、赤白、楽白、そしてサクラ。
<はーい!>
<触りませんのぉ!>
<約束守るで!>
「シャ!」
声だけは立派だ。
私は冷蔵庫をぴしゃりと閉めた。
「おやつは棚のクッキーだけ。酒は禁止」
容子も念を押す。
「勝手に飲み食いしたら、本気で罰やからな」
四匹はぶんぶんと首を縦に振った。
――だが、その三十分後。
⸻
リビング。
沈黙。
テレビの音だけが虚しく流れる。
<暇やな>
<退屈ですのぉ>
<腹減った>
「シャ…」
視線が揃う。
冷蔵庫。
<炊き込みご飯……>
<唐揚げ山盛りでしたのぉ>
<日本酒冷えてたで>
沈黙。
理性と欲望の戦い。
そして、敗北。
赤白が小声で言う。
<ちょっとだけなら…>
紅白が取り出す。
【山賊の手】
<冷蔵庫専用設定や>
<外には影響なしですのぉ>
論点はそこではない。
問題は“許可がない”。
だが止まらない。
発動。
保存容器がふわりと浮かび、テーブルへ整列。
炊き込みご飯。
唐揚げ。
煮物。
サラダ。
プリン。
日本酒。
<壮観やな>
<いただきますのぉ!>
宴、開始。
⸻
止まらない。
ご飯は空。
唐揚げ消滅。
酒空瓶。
プリン容器すら舐め回される。
<……全部いったな>
<理論的失敗ですのぉ>
その瞬間。
玄関の音。
ガチャ。
<早ない!?>
⸻
私は玄関を開けた瞬間、嫌な予感がした。
キッチンへ直行。
冷蔵庫を開ける。
空。
完璧に空。
洗われた保存容器が整然と並ぶ。
ゆっくり振り返る。
四匹、正座。
顔真っ赤。
<ごちそうさまでした>
ぶち。
「触るな言うたやろがぁぁぁ!!!」
家が震えた。
容子も爆発。
「二日分やぞ!?計算済みやぞ!?」
<少しだけのつもりやった>
<止まらんかった>
<酒が進みましてのぉ>
「シャ…」
私は山賊の手を取り上げる。
「勝手に使うな言うたやろ!!」
怒気が魔力となって漏れる。
アンナが青ざめる。
「空気が重いです……!」
私は冷たく言い放った。
「罰や」
四匹が震える。
「無期限」
絶望の気配。
「缶パンとマウスの刑」
沈黙。
<……え?>
<缶パン?>
<マウス?>
「シャ?」
私は収納庫から非常食用の缶パンを取り出した。
さらに冷凍庫から――
マウス。
冷凍保存の餌用。
四匹が凍りつく。
「これ以外、当面なし」
容子が追撃する。
「期間?反省が認められるまでや」
<そんな殺生な!!>
<鬼ですのぉ!!>
<人権侵害や!!>
「シャァァァァ!?」
私は一歩前へ出る。
「約束破った罰や」
静まり返る。
容子が腕を組む。
「信頼ってな、消えるんは一瞬や」
四匹は震えながら缶パンを受け取った。
カン、という虚しい音。
その横に置かれる冷凍マウス。
サクラが青ざめる。
<せめて焼いてくれへん?>
「却下」
⸻
その夜。
私と容子は外食。
予想外の出費。
帰宅すると、四匹が缶パンを無言でかじっていた。
ぱさぱさ。
虚無。
テーブルの中央には、解凍されたマウス。
<……うまくない>
<当然ですのぉ>
<人生とは厳しい>
「シャ…」
私は腕を組み、言った。
「次やったら、山賊の手は完全封印や」
四匹、全力で首を縦に振る。
こうして。
琴陵家に、厳しい戒めが刻まれた。
冷蔵庫は守られた。
だが食卓は、しばらく非常食仕様となる。
無断宴会の代償は、あまりにも重かったのだった。




