第51話 強欲A級
冒険者ギルドホールに足を踏み入れた瞬間、嫌な予感がした。
昨日と同じ顔触れ。
Aランクパーティー、バルドの連中――ガルガ、リリアナ、フィーア、テレサ。
だが、今日は空気が違う。
にやり、と笑うガルガの目が、値踏みする商人のそれになっていた。
「来たな」
椅子にふんぞり返ったまま顎で合図する。
私は無言で向かいに座った。隣には容子、その後ろにアンナ。
「昨日の代金、持ってきたわよね?」
先制。
ガルガは肩をすくめた。
「あー、それなんだがな」
その言い方。
私は目を細める。
「装備は悪くない。だが、性能に対して値が張りすぎだ」
「は?」
アンナの指がぴくりと動く。
「昨日は酒も入ってたしな。冷静に考えたら、あの値段は見直すべきだと思ってな」
踏み倒す気だ。
私は内心で舌打ちした。
「契約は成立してるわ」
「口約束だろ?」
にやり、と笑うガルガ。
リリアナも困った顔をしているが止める気はないらしい。フィーアとテレサも黙ったままだ。
Aランクという立場を盾にしているのが透けて見える。
「俺達は王都でも顔が利く。揉め事を起こすのは得策じゃないぞ?」
脅しか。
私は椅子に深く座り直した。
「つまり、払わないと?」
「値引きだ。半額でどうだ?」
ふざけている。
容子が青ざめる。
「え、ちょ、それは――」
私は片手で制した。
「アンナ」
「はい」
「昨日の約定内容を」
アンナは即座に口を開いた。
「付与効果付きバングル一式、魔法指輪二点、化粧品およびポーチ複数。合計金貨二十七枚と銀貨三枚。前金支払いで合意済み」
澱みない。
ガルガが舌打ちした。
「細かいな」
「商売なので」
アンナの微笑みは崩れない。
私はゆっくりと肉球斧をテーブルに置いた。
ドン、と重い音。
「この斧、欲しかったのよね?」
場の空気が変わる。
ガルガの目が光る。
「売る気になったか?」
「いいえ。これは売らない」
私は指先で斧を軽く弾いた。
「でもね、これと同等以上の物、作れるのよ」
沈黙。
「王都で正式に店を出す予定なの。そこで購入すればいい」
「それまで待てってのか?」
「待てないなら縁がなかっただけ」
ぴしゃりと言い切る。
ガルガの表情が険しくなる。
「強気だな。Aランクを敵に回す気か?」
私は笑った。
「敵に回るのはそっちでしょ。代金踏み倒す気満々で」
リリアナが慌てて口を挟む。
「ちょ、ちょっとガルガ!」
だがガルガは止まらない。
「ならこうしよう」
椅子から身を乗り出す。
「俺達のパーティに入れ。そうすりゃ装備代はチャラだ。さらに王都での後ろ盾もつけてやる」
……は?
容子が目を剥く。
「はぁ!?」
「お前らの技術は使える。特にヒロコ、あんたの生産能力は破格だ。Aランクの専属になれば悪い話じゃない」
上から目線。
テレサまで頷いている。
「ヒロコ様のような方が我々にいれば、さらに高みへ――」
図々しい。
私はゆっくり立ち上がった。
「断る」
即答。
「考える余地もない」
「即答かよ」
「当然。私は私の目的で動いてる。誰かの専属になる気はない」
ガルガが鼻で笑う。
「もったいないな。じゃあこうしよう。装備は全部寄越せ。王都で売れるなら俺達が代行販売してやる。利益は三割でいい」
アンナの目が細くなる。
「三割?」
「良心的だろ?」
どこがだ。
私は肩をすくめた。
「代金も払わない人に、商品預けると思う?」
「……ちっ」
ついに舌打ち。
空気が張り詰める。
その瞬間、私は小さく風を巻き起こした。
周囲のテーブルの酒が微かに揺れる。
「これ以上続けるなら、こちらも手段を選ばない」
静かな声で告げる。
ゴブリン一万を殲滅した女だという噂は、伊達ではない。
ガルガは数秒睨み合った後、ふっと笑った。
「冗談だ。そんなに警戒するな」
冗談で済ませる気か。
「代金は払う」
ようやく袋を投げて寄越す。
アンナが即座に確認する。
「……金貨二十七枚、銀貨三枚。確認しました」
私は袋を受け取り、淡々と言った。
「今後は現金前払いのみ」
「随分と信用がないな」
「自覚はあるみたいね」
リリアナが苦笑する。
「ガルガが悪いわ」
当たり前だ。
私は斧を回収し、踵を返した。
「王都で会うことがあれば、その時は“客”として来なさい」
ガルガの声が背中に刺さる。
「後悔するなよ」
振り返らず答える。
「それはこっちの台詞」
⸻
ギルドを出た途端、容子が爆発した。
「何あいつら!図々しすぎやろ!」
「だから言ったでしょ。Aランクだからって全員まともとは限らない」
アンナが静かに言う。
「王都でも同様の事例はあります。力を持つ者ほど慢心する」
私は空を見上げた。
セブールはもう限界だ。
「予定通り、明日出るわ」
「うん」
「はい」
強欲なAランク。
だが、あれは序章に過ぎない。
王都には、もっと大きな獣がいる。
私は袋の中の金貨を握り締めた。
奪われる側にはならない。
利用される側にもならない。
この世界で主導権を握るのは、私達だ。




