第41話 師匠失踪譚
スマホの画面に表示された送信者名――
久世師匠。
件名はたった一言。
『助けて』
「軽いな!」
思わず声が裏返る。
隣で宥子が額を押さえた。
「絶対ロクなことじゃない」
メッセージ本文を開く。
『今すぐ来られるか。場所は北辰寺。詳しくは言えない。縁が絡んでいる。』
「縁が絡むって何」
「師匠語だね」
私はため息をつきながら返信する。
『具体的に』
既読はつかない。
「……電源落ちた?」
嫌な沈黙。
◆
翌朝。
私と宥子はS県K市を発ち、隣県の山間部へ向かった。
目的地は北辰寺。
山を切り開いた古寺で、由緒は古いが檀家は少ない。霊的に“濃い”土地だと師匠は以前言っていた。
「なんでそんな所に」
「呼ばれたんじゃない?」
呼ばれた。
その言葉が妙に重い。
バスを降りると、冷たい風が頬を撫でた。
山門は軋み、境内は静まり返っている。
「……いるね」
宥子が呟く。
私も感じる。
濃い。
空気が粘つくように重い。
<カルテット、索敵>
<右手の庫裏や>
<濃いですの~>
<楽白は嫌な感じって飛ばしてる>
楽白は念話は出来ない。ただ雰囲気を飛ばすだけ。
そして今、明確に「嫌」と言っている。
◆
庫裏の戸を叩く。
返事はない。
押すと、開いた。
中は荒れている。
茶碗が割れ、経典が散乱し、床に焦げ跡。
「戦闘痕?」
「違う。縁の暴走」
宥子がしゃがみ込み、焦げ跡に触れる。
「強制的に縁を切ろうとした形跡がある」
「師匠が?」
「うん。たぶん失敗」
背筋が冷える。
その時、奥から声がした。
「……来たか」
聞き慣れた声。
障子の向こうに座る影。
「久世師匠!」
駆け寄ろうとして、止まる。
違和感。
空気が揺らいでいる。
「近寄るな」
低い声。
顔を上げた師匠の目は、赤く滲んでいた。
「縁が、私に絡んでいる」
◆
話を聞く。
北辰寺の住職が亡くなった。
跡継ぎ不在。
檀家の願い、土地の念、寺を守ろうとする霊達。
それらが一斉に師匠へ向いた。
――「継げ」
「いやいや無理でしょ」
思わず突っ込む。
師匠は苦笑した。
「断った。だが縁は切れなかった」
縁は感情に比例する。
寺を守りたいという想いは強い。
その受け皿として、霊力の高い師匠が最適だった。
「つまり、寺が師匠を“所有”しようとしてる?」
「そういうこと」
障子の向こうで、影が揺れる。
無数の気配。
「夜になると、もっと濃くなる」
時計を見る。
午後四時。
時間がない。
◆
作戦会議。
「縁を切るんじゃない」
宥子が言う。
「流す」
「流す?」
「師匠に集中している縁を分散させる」
つまり。
寺の未来を“他”へ繋ぐ。
「跡継ぎ?」
「候補を作る」
無茶だ。
だが、それしかない。
私はスマホを取り出した。
「咲弥、寺を継げそうな人材いない?」
『急すぎるわよ』
「緊急」
数分後。
『一人いる。修行中の僧侶。高槻在住。寺を探している』
渡りに船。
「呼べる?」
『今から向かわせる』
距離は車で二時間。
夜までに間に合うか。
◆
日が沈む。
境内に影が満ちる。
空気が重く、濃く、冷たい。
障子が鳴る。
「決断を」
無数の声。
師匠の肩が震える。
「私は継がぬ」
拒絶。
だが縁が締まる。
私は前に出る。
「後継は来る!」
叫ぶ。
空気がざわめく。
その時、山門の方から車の音。
ライトが境内を照らす。
駆け込んできた若い僧侶。
「久遠と申します! 寺を継がせてください!」
沈黙。
次の瞬間。
空気が弾けた。
縁が、動く。
師匠に絡んでいた糸がほどけ、久遠へ流れる。
濃さが薄まる。
圧が消える。
師匠が崩れ落ちた。
「終わった……」
◆
一時間後。
境内は静かだった。
久遠は本堂で手を合わせている。
縁は、穏やかに彼を中心に巡っている。
「適材適所だね」
宥子が微笑む。
師匠は縁から解放され、ぐったりと座っている。
「弟子に助けられるとは」
「請求しますよ?」
「……いくらだ」
「寺一つ分」
「高い!」
笑いが境内に響く。
夜空には星。
重かった空気は消え、風は澄んでいる。
霊は消えない。
だが、縁は流せる。
私達の仕事は、切ることではない。
巡らせること。
帰り道、師匠が呟く。
「お前達、いずれ私より上に行くな」
「当然」
即答する私に、宥子が笑った。
霊働革命の次は、寺院再生。
次はどんな縁が絡むのか。
それでもきっと、私達は解く。
絡まり、縺れ、暴れる縁を。
ほどき、繋ぎ、流していく。
師匠失踪譚は終わった。
だが、縁の物語はまだ続く。




