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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第40話 霊働革命

 □□ビルを後にした私と宥子(ひろこ)は、夕暮れに染まり始めたS県K市の空を見上げながら、大きく息を吐いた。


 「……疲れた」


 「精神的にね」


 タクシーを待つ間、私はビルを振り返る。さっきまで淀んでいた空気は、ほんの僅かだが軽くなっている。


 「でもさ、あれ本当に上手くいくと思う?」


 「いくよ。人間、締切の前では最強になるから」


 それは霊より怖い理屈だった。


 ◆


 翌日。


 咲弥(さくや)から返信が来た。


 『苦情は今のところ無し。久世(くせ)は未だ発見されず。追加案件の可能性あり。』


 「追加って何」


 「嫌な予感しかしない」


 すると、続けて電話が鳴った。


 発信者――咲弥(さくや)


 スピーカーにする。


 『お疲れ様。□□ビルの件だけど』


 「はい」


 『冨田馨さんから“追加依頼”が入りそうよ』


 「は?」


 私と宥子(ひろこ)の声が重なる。


 『幽霊が、働きすぎているらしいの』


 「……は?」


 ◆


 三日後。


 私達は再びS県K市へ向かっていた。


 タクシーの中で宥子(ひろこ)が腕を組む。


 「どういうことだと思う?」


 「ブラック企業がホワイトになった?」


 「逆。霊がブラック労働を始めたらしい」


 意味が分からない。


 □□ビルに着くと、前回より明らかに空気が違った。


 ――活気がある。


 嫌な意味で。


 エントランスに入ると、インターホン越しではなく即座にドアが開いた。


 「先生方! お待ちしてました!」


 顔色は良い。隈も減っている。


 だが、テンションが妙に高い。


 応接室に通されると、冨田が興奮気味に話し始めた。


 「幽霊が……働きすぎるんです!」


 「……詳しく」


 「夜中も書類を作ってるんです! 朝来たら全部終わってるんですよ!」


 「良いことでは?」


 「でも! コピー機が勝手に動く! パソコンが深夜三時に起動する! 社員が帰れないんです!」


 ああ。


 なるほど。


 縁を“薄く細く”結んだ結果、命令が素直に通るようになったのだろう。


 そして冨田が何気なく呟いたのだ。


 ――「終わらない」


 霊達は、それを“命令”と受け取った。


 ◆


 フロアを歩く。


 書類棚から紙がスススと動き、ホチキスがカチンと止まる。


 老紳士の霊がパソコンを叩き、子供の霊がゴミを拾う。


 そして壁から生えた手が、コピー用紙を揃えている。


 「教育が行き届きすぎだろ」


 私は思わず呟く。


 <カルテット、状況は?>


 <働き蜂状態やで>


 <命令待ちですの~>


 <楽白も手伝う?って聞いてる>


 いらん。


 「宥子(ひろこ)、これどうする?」


 「縁が強まりすぎたね」


 どうやら冨田が“頼りきった”ことで、縁が太くなってしまったらしい。


 「人間が自立しないと、霊は居座るよ」


 「つまり?」


 「仕事を減らせ」


 ◆


 応接室に戻る。


 「冨田様、霊に任せきりになってませんか?」


 「え……」


 図星。


 「楽になったでしょう?」


 「正直……はい」


 「それが原因です」


 宥子(ひろこ)は淡々と告げる。


 「霊は“必要とされる場所”に残ります。頼られる限り、離れません」


 「じゃあ、どうすれば?」


 「仕事を人間に戻す。霊には“定時”を設ける」


 「定時?」


 私は思わず吹きそうになる。


 霊の労働基準法。


 「夜九時以降は働かせない。感謝はするが、依存しない」


 「……出来るでしょうか」


 「出来ます。命令は貴方に通る」


 ◆


 再びフロアへ。


 宥子(ひろこ)が霊達に宣言する。


 「本日の業務は終了です。以降、夜九時以降の作業は禁止」


 空気が、ぴたりと止まる。


 老紳士の霊がこちらを見る。


 静かに頷いた。


 コピー機が止まる。


 手が壁へ戻る。


 子供の霊が小さく手を振った。


 「……帰った?」


 <待機モードやな>


 カルテットの報告に私は安堵する。


 「これで様子を見てください」


 冨田は深く頭を下げた。


 ◆


 一週間後。


 咲弥(さくや)から連絡。


 『□□ビル、安定。幽霊は営業時間内のみ稼働。社員定着率上昇。』


 「霊的労働改革成功だね」


 「労基署に怒られそう」


 そして続く一文。


 『他社から同様の相談あり。』


 嫌な予感。


 「まさか……」


 「幽霊派遣業?」


 私達は顔を見合わせた。


 縁を結び、縁を切る。


 それが私達の仕事。


 だが今、


 “霊を働かせるコンサル”


 という新ジャンルが生まれかけている。


 「久世(くせ)師匠、逃げたの正解かもね」


 「戻ってきたら地獄だよ」


 その時、スマホが震えた。


 送信者――久世師匠(くせ せんせい)


 件名:『助けて』


 私達は同時にため息をついた。


 霊より厄介な存在が、


 ようやく発見されたらしい。


 次なる案件は――


 失踪した師匠の“縁切り”かもしれない。


 霊働革命は終わらない。

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