第39話 受付嬢は広告塔!?
――売れない。
いや、正確に言おう。
「興味は持たれる。でも、財布は開かれない。」
これが現実である。
宥子と二人、基礎化粧品一式を抱えてサイエスの商店街を回った結果がそれだ。
「良い匂いですね」
「へぇ、肌に優しそう」
ここまでは言う。
だが価格を提示した瞬間、空気が凍る。
――高い。
この世界では、臭い魔物の油で作った石鹸が主流。
洗顔? 一応してる。
でもあれ、絶対“塗ってる”よね? 落としてないよね?
泡立たない。
ぬるつく。
そして何より臭い。
なのに、それが“普通”。
文化レベルの壁、厚すぎ問題。
だがここで諦める宥子ではない。
彼女は腕を組み、静かに言った。
「日本式でいく。」
その目は完全に策士。
「THE・テスター&モニター。」
来た。現代マーケティング無双。
◆
向かった先は冒険者ギルド。
標的は“綺麗なお姉さん”。
「なんで?」
「広告塔。」
即答。
「正直、顔だけで仕事しない屑っぷり。でも宣伝効果は絶大。」
容赦ねぇ。
カウンターへ。
「依頼を出したいのですが、冒険者でも可能ですか?」
受付嬢――のちのアイリーン・キャーシーは、営業スマイルで対応する。
「可能です。内容をご記入ください。」
渡された粗悪紙。
宥子は一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、即座に切り替え、さらさらと書き始めた。
・基礎化粧品一式
・石鹸
・シャンプー
・リンス
一ヵ月使用。感想提出。肌状態確認。
報酬なし。商品は無料提供。
受付嬢の眉がぴくり。
「……報酬なし?」
そこへ宥子、営業モード発動。
「私は薬師ギルド所属Cランク。研究成果の検証をしたいのです。」
ドン、と並ぶガラス瓶。
底には太陽と星を囲む月。中央に容子の透かし彫り。
装飾は控えめ。だが上品。
アイリーンさん、蓋を開ける。
「……良い香り。」
鑑定。
目が見開かれる。
食いついた。
「実際に試しますか?」
営業スマイル全開。
数秒の躊躇の後――
「浴場へ行きましょう。」
よっしゃ。
◆
ギルド宿舎浴場。
清掃中? 関係ない。入る。
お湯が使えない?
「容子、やれ。」
はいはい。
火と水魔法で即席給湯システム完成。
ポンチョ型合羽着用。
簡易椅子四つ並べて即席シャンプー台。
首に即席エア枕。
頭だけ飛び出したアイリーンさん。
光景がシュールすぎる。
「掛けますね~」
ザパーッ。
悲鳴寸前の顔。
しかし次第に緩む。
泡立たない。
洗う。濯ぐ。
洗う。濯ぐ。
洗う。濯ぐ。
三回目でまだ泡が立たない。
四回目。
もこもこ。
私は確信した。
この世界、汚れレベル高い。
リンス塗布。
浸透待ち。
その間にスキンケア講座。
泡立てネットで作った弾力泡を差し出す。
「何これ!?」
指が沈み込む感触に驚愕。
「擦らないでください。優しく。」
氷水で洗い流し。
「つっぱらない……。」
そこから化粧水十回重ね塗り。
乳液で閉じ込め。
美容液で集中ケア。
アイリーンさんの顔がみるみる変わる。
リンス洗い流し。
温風乾燥。
水滴が私の顔に飛ぶ。
宥子……後でな。
椿油入り櫛でとかす。
天使の輪爆誕。
仕上げにcleaning。
鏡を渡す。
数秒の沈黙。
「……別人。」
肌の透明感。
髪の艶。
頬の張り。
受付嬢、覚醒。
◆
「これは広めたいです。」
やる気スイッチ完全ON。
「受付嬢限定で十名募集したいのです。」
「私が責任を持って厳選します!」
目がギラギラ。
さっきまでのだらけ顔はどこへ。
条件交渉も抜かりない。
「新作は優先で。」
「もちろん。」
言質確保。
勝った。
◆
戻り道。
「鴨がネギ背負ってきたね。」
宥子がニヤニヤ。
受付嬢が綺麗になる。
冒険者が気づく。
噂になる。
口コミ最強。
「日本でブランド化もアリだよね。」
「入れ物は私! 中身は宥子!」
希少性。限定生産。
宥子が黄金の木に見える。
だから私は宣言した。
「これから馬車馬のように働いてね!」
「嫌でござる!!!」
胸倉掴み、愛の往復ビンタ。
バシッ。バシッ。
ギルド前で何やってんだ私達。
だが今日、市場は確実に動いた。
サイエスに訪れた美容革命。
泡は文化を変える。
艶は価値観を変える。
そして価値観は金を生む。
次に噂になるのは誰か?
艶髪の受付嬢。
その中心に刻まれた名前は――
容子印。
泡と野望は、まだ始まったばかりだ。




