第33話 盗賊団より洞窟に行きたい!
人生というものは、だいたい思い通りにいかない。
例えば今。
本来なら私は、輝く鉱石とロマン溢れる坑道が待つ(※予定はない)ドワーフの洞窟に向けて胸を高鳴らせているはずだった。
なのに現実は――
「なんで宿の部屋で盗賊団と乱闘してるのよぉぉぉ!」
叫ぶ琴陵容子、十八歳(中身二十五歳)。
目の前では、灰鐘盗賊団の構成員が、楽白にぐるぐる巻きにされて天井からぶら下がっている。
<回転させたろか?>
<三半規管潰したるで?>
「やめなさい!」
これ以上やったら本当に悪役になる!
一方、紅白は高速移動で盗賊のズボンの裾だけを器用に裂いていた。
<羞恥プレイや>
<これが一番効く>
「方向性がおかしい!」
サクラはというと、ぷるぷる震えながら聖属性魔法を発動。
盗賊の手に握られた毒瓶だけを浄化していく。
有能。
うちの子、有能。
そして天井では、楽白が糸を張り巡らせている。
ぴし、ぴしっ。
その振動が頭の奥に伝わる。
焦り。
増援。
いっぱい。
「いっぱい!? どれくらい!?」
言葉は返らない。
でも、“わさわさ”“うじゃうじゃ”というニュアンスが飛んできた。
虫か。
私は頭を抱える。
そこへ、バンッ!と扉が完全に吹き飛んだ。
煙の向こうから現れたのは、いかにもボスっぽい男。
黒マント。
無駄に長い剣。
無駄にポーズ。
「我らは灰鐘盗賊団! この塞風宿に潜む天才薬師、琴陵宥子を――」
「そこ!」
私は指差した。
「うちの姉はあっち!」
後ろからひょいっと顔を出す琴陵宥子。
「人を売らないでくれる?」
「だって洞窟行けなくなった元凶だし!」
「元凶はあなたの欲望でしょ!」
姉妹喧嘩開始。
盗賊団ボス、取り残される。
「……おい、緊張感はないのか」
「あるよ!? でも洞窟行けないストレスが上回ってるの!」
ボスがキレた。
「まとめて捕らえろ!」
部下が突撃。
――が。
びしぃっ!!
楽白の糸トラップ発動。
床一面が見えない粘着糸地帯と化し、盗賊たちが一斉に転倒。
どしゃあああ。
<芸術点高いで>
<八点やな>
蛇ちゃんズ、採点するな。
私は腕を組んだ。
「ねえ、ボスさん」
「な、なんだ」
「あなたたち、なんでポーション狙ってるの?」
「資金源だ!」
即答。
清々しい。
姉が溜息をつく。
「上位ポーションは簡単に扱えないわよ。暴発する可能性もある」
盗賊団、ざわつく。
「え?」
「本当だ。適正がなければ、魔力逆流で気絶する」
私はにやりと笑った。
「つまり、盗んでも使えない可能性大」
ボス、固まる。
<詐欺やん>
<でも本当やろ?>
姉が小声で言う。
「半分本当」
半分!?
私は咳払いする。
「で、どうする? まだやる?」
その時。
どがぁぁぁん!!
外から衝撃音。
窓ガラスが震える。
全員一斉にそちらを見る。
……何?
廊下の向こうから、別の怒号。
「灰鐘盗賊団! 覚悟しろ!」
え?
盗賊団のボスが青ざめる。
「な、なんでここに……鋼翼騎士団!?」
へ?
窓の外に見えたのは、銀鎧の騎士団。
旗には鋼翼城の紋章。
なんか大ごとになってきた。
「……あの」
私は手を挙げた。
「これ、私たち関係ある?」
姉、即答。
「ある。完全にある」
盗賊団は宿の裏口から逃げようとする。
だが――
ぴしぃっ!!
楽白、外にも糸を張っていた。
逃走ルート封鎖。
<やるやん>
<蜘蛛、優秀やな>
私は思わずフードを撫でる。
「ありがとう」
ほんのり伝わる、照れの感情。
可愛い。
その間にも騎士団が突入し、盗賊団を次々拘束。
ボスは最後に私たちを睨んだ。
「覚えていろ……」
「洞窟情報あったら教えてね!」
思わず叫ぶ。
全員が私を見る。
姉が額を押さえた。
「今それ言う?」
だって!
騒動はあっという間に収束。
灰鐘盗賊団は全員逮捕。
鋼翼騎士団の隊長がこちらに歩み寄る。
「協力感謝する。報酬は後日鋼翼城から支払われる」
おお、城!
「ちなみに、近隣にドワーフの洞窟ってあります?」
姉が私の口を塞いだ。
「妹が失礼を」
隊長は苦笑。
「洞窟なら北西の山脈にあるが、現在封鎖中だ」
封鎖。
がーん。
私の心が崩れ落ちる。
<泣くなや>
<まだ行く予定ないんやろ?>
「予定はないけど気持ちはあるの!」
騎士団が去り、静寂が戻る。
壊れた扉。
糸まみれの廊下。
ぐったりした盗賊団の残党。
私はため息をついた。
「今日、何しに草原行ったんだっけ……」
姉が肩を叩く。
「薬草採取よ」
「洞窟じゃなくて?」
「洞窟じゃない」
私は天井を見上げる。
楽白が静かに糸を片付けている。
平穏の気配。
ほっとする空気。
でも心の奥では、まだ燻っている。
ドワーフの洞窟。
行く予定はない。
ないけど。
「絶対いつか行く」
拳を握る私。
姉が呆れ笑いを浮かべた。
「まずはポーション作り手伝いなさい」
<現実やな>
<洞窟より調合や>
うるさい。
でも――
今日の籠城戦は、なかなか面白かった。
糸が鳴り、蛇が舞い、スライムが光る。
そして私は、まだ見ぬ坑道に思いを馳せる。
次こそは。
次こそはきっと。
盗賊でも騎士団でもなく、
本物のロマンに会いに行くのだ。
……予定はないけど。




