第32話 塞風宿攻防戦
糸鳴りの昼下がり、影は塞風宿に忍ぶ
塞風宿の廊下は、昼だというのにやけに静かだった。
窓から差し込む光は穏やかで、どこまでも平和そのもの。――なのに、私の胸はざわついている。
「……来るよ」
小さく呟いたのは、琴陵容子である私。
フードの中の楽白が、ぴしり、と糸を震わせた。
言葉はない。だが、焦燥と警告が脳裏をかすめる。鋭い針のような緊張が、私の神経を撫でた。
<廊下側やな>
<二人……いや三人か?>
赤白と紅白が、低く念話を飛ばしてくる。
サクラは私の肩の上で、ぷる、と震えた。魔力がゆっくりと膨らむ。回復だけでなく、聖属性魔法の準備も整っている。
「姉ちゃん、まだ?」
念話を飛ばすと、すぐに返事が来た。
<今、塞風宿の前。ギルドにも伝えた。無理はしないで>
無理はしない。
でも、逃げるだけってのも性に合わない。
私は深呼吸し、メディションホールを半展開状態にした。緊急回避用だ。原付もすぐ出せる位置に置いてある。
足音が止まる。
――コン。
軽いノック。
「……どちら様ですか?」
声を平静に保つ。
返事はない。
その代わり、ドアノブがゆっくり回る。
鍵はかけてある。だが、外からカチャ、と小さな金属音。ピッキングだ。
「おいおい、昼間から堂々とやるなよ」
<舐められとるな>
<締めるか?>
蛇ちゃんズの殺気がじわりと滲む。
ぴんっ!
楽白の糸が鋭く弾けた。
次の瞬間、ドアが内側へ爆ぜるように開いた。
黒フード三人。
顔は覆面。
装備は軽装だが、腰には短剣。
「……おとなしく来てもらおう」
低い声。
は?
「断る!」
私は即答した。
同時に、紅白が床を滑るように疾走。目にも止まらぬ速度で一人の足首に絡みつき、そのまま締め上げる。
悲鳴。
赤白は別の男の胴に巻き付き、ぐるりと持ち上げた。
「な、何だこの蛇!?」
そりゃあウルトラアネリモトーレとスノーだもん。
「サクラ!」
ぷるん、と弾ける光。
聖属性魔法が三人目を包む。攻撃というよりは浄化。だが、闇属性系の術式を纏っていたらしく、相手は呻き声を上げて後退した。
最後の一人が短剣を抜く。
「糸、お願い!」
ふわり、とフードの中から跳び出す楽白。
言葉はない。だが、凄まじい集中の気配が空気を震わせる。
次の瞬間、透明な糸が幾重にも放たれ、短剣を持つ腕を絡め取った。
ぎり、と締まる。
男は動けない。
私はその隙に間合いを詰め、蹴りを一発。鳩尾に直撃。
「ぐっ……!」
崩れ落ちる。
……静寂。
わずか十数秒の攻防。
私は荒い息を整えた。
「何者?」
床に押さえつけられた男を睨む。
返事はない。だが、その目に焦り。
<自決の気配や>
<毒仕込んどる>
蛇ちゃんズの警告。
「サクラ!」
すぐに浄化。
黒い煙のようなものが口元から消え、男は気絶した。
……危な。
その時、廊下から駆け足。
「マサコ!」
勢いよく扉をくぐってきたのは、琴陵宥子。
状況を一目で理解し、眉をひそめる。
「やりすぎてない?」
「生きてるよ!」
私は胸を張る。
姉は男たちを鑑定し、険しい顔になった。
「……灰鐘盗賊団」
「有名?」
「西方城塞都市|グラドールを拠点にしてる中堅盗賊団。最近、塞風宿周辺に出没してるって噂はあった」
へえ。
でも、なんで私たち?
姉は顎に手を当てる。
「目的は多分、私のポーション。上位スクロールを入手したって話、広まってる」
あー……それか。
私は唇を尖らせた。
「洞窟より先に盗賊討伐イベント?」
姉がじろり。
「楽しそうに言わない」
でも、その目の奥にも戦意が灯っているのを私は知っている。
その時、楽白が再び糸を震わせた。
外。
複数。
今度は五人以上。
姉と目が合う。
「……本隊?」
私はにやりと笑った。
「来るなら来い」
蛇ちゃんズが床を滑り、サクラが光を溜め、楽白が天井に陣を張る。
姉はメディションホールから杖を取り出した。
廊下の向こうで怒号。
足音。
扉が蹴破られる。
次の瞬間、戦闘が再開した。
糸が閃き、蛇が舞い、聖光が炸裂する。
狭い室内は瞬く間に制圧戦の様相を呈した。
私は笑う。
「ねえ姉ちゃん」
「なに!」
「これ終わったら、ドワーフの洞窟行けるよね?」
呆れと苦笑が混じる声。
「……状況次第!」
望むところだ。
灰鐘盗賊団との邂逅は、偶然か、それとも必然か。
だが一つだけ確かなことがある。
今日という日は、ただの採取日では終わらない。
糸が鳴り、蛇が牙を剥き、私たちは嵐の中心へ踏み出す。
――塞風宿攻防戦、開幕。




