第31話 薬草を刈る
正午の鐘が鳴った瞬間、私は両手を天に掲げた。
「解散っ!!」
琴陵容子率いる(自称)自由行動部隊・ティムチームは、その号令と同時に一斉に動いた。
サクラは姉のショルダーバッグから飛び出して私の肩へ。蛇ちゃんズ――赤白と紅白は腕に巻き付き、楽白はフードの中へすとん、と収まる。
ふわ、と頭の奥がくすぐられる。
――わくわく。
言葉ではない。
でも確かに伝わる。
ああ、そうだった。
楽白は念話が出来ない。代わりに、感情や気配を“飛ばす”だけ。
今のは明らかに「早く帰ろう」の圧だ。
「分かってるって!」
私は原付をメディションホールから取り出し、跨る。
姉――琴陵宥子は呆れ顔だ。
「宿に戻ったらちゃんと休んでね。勝手な行動しないように」
「はーい!」
元気よく返事しながら、アクセル全開。
草原を風の刃のように駆け抜ける。
背中に当たるサクラのぷるぷる感触。蛇ちゃんズの締め付け。フードの中から伝わる小さな高揚感。
でも――
魔物がいない。
行きも帰りも、一匹も遭遇しない。
いつもなら二、三体は轢き殺してメディションホール行きなのに。
<幸運三匹おるからやろ>
<平和が一番や>
蛇ちゃんズは呑気だ。
でも、私は妙な胸騒ぎを覚えていた。
◆◇◆
宿の部屋に戻ると同時にメディションホール展開。
視界が反転し、私のアトリエへ。
木製の作業台、簡易鍛冶炉、棚に並ぶ瓶と工具。
ここは私の城だ。
<落ち着くわ~>
<キラキラ広げ放題や>
蛇ちゃんズが採取物をばら撒く。
サクラは机の端でぷるぷるし、楽白は天井近くへ糸を張る。
ぴん、と糸が震える。
……警戒。
私はそれを感じ取る。
「どうしたの?」
言葉は返らない。
でも、ぴり、と空気が張る。
ざわり。
ざわり。
フード越しに伝わるのは、落ち着かない気配。
<なんや?>
<楽白、警戒モードやな>
私は息を潜める。
アトリエから現実へ一瞬だけ視界を繋げる。
宿の外、路地。
人影。
黒いフード。
一瞬で消えた。
「……気のせい?」
でも、楽白の糸はまだ震えている。
不安。
警告。
逃げた。
感情の断片が、波紋のように頭に広がる。
「監視?」
蛇ちゃんズが身を起こす。
<姉ちゃん絡みやな>
<ポーション量産目立っとるし>
確かに。
琴陵宥子は今や薬師ギルドでも有名人だ。
私は机に広げた薬草を見下ろす。
魔導核片。
今日の戦利品。
そしてこの不穏な気配。
偶然?
……嫌な予感がする。
その瞬間、頭の中に念話が響いた。
<マサコ、今どこ?>
姉だ。
「宿。アトリエ」
<変な視線感じなかった?>
やっぱり。
「黒フード。すぐ消えた」
短い沈黙。
<ギルド周辺でもあった。今日は狩り中止。集合>
えええええ。
洞窟……。
フードの中から、しょんぼり、という感情が伝わる。
落胆。
でも同時に、わずかな高揚。
……あんた、危機好きでしょ。
私は苦笑する。
「了解」
念話を切り、アトリエ内を見回す。
「臨戦態勢にする」
蛇ちゃんズがにやりと牙を見せる。
<やっと本番か?>
<平和すぎても退屈やしな>
サクラはぷるぷる震えながら私の腕に乗る。
楽白は糸をさらに張り巡らせる。
ぴん。
ぴん。
ぴん。
索敵網完成。
私は深呼吸した。
ただの監視かもしれない。
でも、もしこれが――
ドワーフの洞窟へ繋がる何かだったら?
魔導核片。
不自然な静けさ。
監視の気配。
全部が一本の糸で繋がっている気がする。
楽白の糸のように。
ふわ、と今度は違う感情が飛んできた。
期待。
戦いの匂い。
私は拳を握る。
「洞窟はお預け。でも――」
胸の奥で何かが燃える。
「事件なら、歓迎する」
その瞬間。
ぴしっ。
一本の糸が強く震えた。
ぞわり、と全身に走る警戒。
言葉はない。
でも、はっきり伝わる。
――来る。
私は原付を再び取り出した。
逃走用。
奇襲用。
蛇ちゃんズが身体を低く構える。
サクラが魔力を溜める。
楽白は、静かに、だが確実に糸を引き絞る。
宿の外で、足音。
一歩。
また一歩。
昼下がりの平穏は、音もなく崩れ始めていた。
草原の静けさ。
魔物ゼロの異常。
黒フードの影。
全部が繋がる。
私は小さく笑った。
「姉ちゃん、怒るだろうな」
でも。
ただ守られるだけは御免だ。
ティムチームは、戦える。
言葉を持たない蜘蛛の警告を合図に、
私たちの“採取日”は、戦闘前夜へと姿を変えたのだった。




