第26話 子蜘蛛の楽白(らくはく)ちゃんはチートで有能だった
私は本気で焦っていた。
なぜなら、ついさっきまで床をバンバン叩いて怒り狂っていた宥子が、今は妙に静かだからだ。
静かな怒りほど怖いものはない。
だから私は、切り札を切った。
「はい、これ」
差し出したのは、徹夜で仕上げた特製リュック。宥子が狂信的に愛してやまない“マギ★コレ!!”の魔物モチーフ、しかも作中屈指の人気を誇る“ペラアの魔女”をイメージして制作した一点物である。
紫と黒を基調に、月の刺繍。控えめに入れた魔法陣風ステッチ。実用性も兼ね備えた収納ポケット多数。
完璧だ。
「……何これ」
低い声。
やばい、滑ったか?
だが次の瞬間。
「何これぇぇぇ!! めっちゃ可愛いやん!!!」
爆発。
目がキラキラ。頬が緩みっぱなし。
「もしかしてペラアの魔女!? 欲しかったんだよねぇ! 公式グッズでは出てないし!! え、これ完全オリジナル!? 神!? 容子神!?」
ちょろい。
私はすかさず本題へ。
「魔石は売らないでね。私がアクセサリーに使うから」
「分かってるよ~」
完全に上の空。
だが言質は取った。これ重要。
私は獲得した魔石だけを巾着袋に移し、その他はアイテムボックスへ収納していく。
その時だった。
カサ……カサカサ。
視界の端で小さな影がうろつく。
楽白ちゃんだ。
「どうしたの?」
前足をフリフリ。みょーんと跳ねる。
……君いつからいたの?
さっきまで視界ゼロだったよね?
私の動揺など知ったことかと言わんばかりに、楽白ちゃんは糸をピューッと吐き出し、こちらへ差し出してきた。
「え? くれるの?」
コクコク。
触ってみる。
――なにこれ。
滑らかで、しなやかで、しかも芯がある。
「もっと出せる?」
コクコク。
「強度変えられる?」
コクコクコク。
リズムよく上下運動するボディ。
なんか癖になる動きだな。
「この糸があれば、服も鞄も作り放題じゃん!!」
思わず叫ぶ。
すると裾をくいくい。
「……まさか、楽白ちゃんも服欲しいの?」
びょーーーーん!!!
天井近くまで大ジャンプ。
あ、ガチだ。
糸を提供する代わりに服を要求している。
可愛い強請りである。
「OK。私とお揃いにしちゃう?」
即答。
高速で触手上下運動。
可愛い。反則。
「じゃあ、粘らなくて、ふわふわで、柔らかくて丈夫な糸お願いできる?」
ピュルルルル。
出てきた糸を触る。
「……え?」
高級ビクーニャ級の手触り。
しっとり。なのに軽い。
「これ最高級じゃない?」
褒めた瞬間、謎ダンス開始。
左右に揺れ、くるくる回転。
可愛い生き物め。
私は糸を巻き取っていく。くるくると玉に。
一個、二個、三個……十二個。
「頑張ってくれてありがとね。これお礼。宥子には内緒」
マシュマロをぽい。
もふっと咥える。
前足でおねだり。
「ダメ! これ以上は怒られる!」
すると肩まで登ってくる。
可愛い暴力やめて。
◇ ◇ ◇
糸玉を抱えて機織り機へ向かう。
久世師匠から中古で譲ってもらった自動機織り機だ。
糸をセット。
カタン、カタン。
規則正しい音が部屋に響く。
織り上がった布を鑑定。
――蜘蛛地獄の糸で織った布。
「は?」
幼体だよね?
あの子、蜘蛛地獄なの?
ステータス偏ってるなとは思ってたけど。
上級絹のような光沢。
軽い。強い。
これは装備になる。
私は型紙を起こす。
サイエスで浮かない、しかし地味すぎないデザイン。
動きやすさ重視。隠しポケット付き。
裏地には中級魔法陣を刺繍。
もちろん糸は楽白製。
魔力を込めながら縫い込む。
じわりと微弱な魔力が宿る感覚。
「ちゃんと付与されるかな……」
ミシンへ。
針、問題なし。
四時間後。
完成。
鑑定。
防刃8000
魔防10000
「何この化け物性能!?」
想像以上。
だがボタンが普通。
ここに魔石を組み込めば――清掃機能や温度調整も可能では?
やりたい。
〈何してんの?〉
〈暇や〉
〈お菓子ほしいですの〉
足元に紅白、赤白、サクラ、楽白。
「お菓子はダメ」
〈行き詰まってるやろ〉
うっ。
ボタン問題である。
大きい魔石は勿体ない。
〈相談料で美味い物〉
〈クッキー希望ですの〉
キシャー踊る楽白。
欲望の塊たち。
「良い案出したら蓮の実飴」
妥協成立。
〈具体的に?〉
「極小魔石でボタン作りたい」
〈普通のは?〉
「勿体ない!」
〈れびん?〉
「レジン?」
作品を見せる。
〈それや! 最初からspell組み込んで砕いた魔石混ぜればええ〉
……天才か。
新しいシリコンモールド作成決定。
私は専用型を設計。
極小魔石粉を混ぜ込み、spellを組み込む。
硬化。
完成。
試作ボタンを服へ縫い付ける。
鑑定。
――温度調整Ⅰ
――自動清浄Ⅰ
「成功だぁぁぁ!!」
部屋で跳ねる私。
楽白もびょーん。
サクラぽよん。
蛇ちゃんズうねうね。
しかし。
「その糸、商業ギルドに出したら金になるよね?」
背後から宥子。
ギラリ。
「ダメぇぇぇ!!」
私は糸玉を抱えて後退。
こうして我が家では、糸を巡る攻防戦が幕を開けるのであった。




