第27話 糸の攻防戦
「その糸、商業ギルドに出したら金になるよね?」
背後から聞こえた宥子の声は、妙に落ち着いていて――だからこそ怖かった。
私は反射的に楽白の糸玉を抱きかかえ、じりっと後退する。
「ダメ」
「え?」
「ダメ!」
「まだ何も言ってないけど?」
言ってる。目が完全に“換金対象”って言ってる。
◇ ◇ ◇
数分後。
私達は部屋の中央で対峙していた。
私の腕の中には、ふわふわ極上の楽白糸玉×12。
宥子の手には、革製の財布。
「ねえ容子。冷静に考えよう?」
「うん」
「蜘蛛地獄級の糸よ? 市場に出回らない希少素材よ? しかも幼体でこれ。成体になったらどうなると思う?」
「だから売らない!」
「売らないっていうか、売ればとんでもない額になるって話!」
宥子は机をバン、と叩く。
「分かってる!? 宿代、装備維持費、ポーション代、ギルド手数料! 現実見よう! 私達はCランクなの!」
正論パンチ。
しかし私は一歩も退かない。
「これは未来投資!」
「は?」
「楽白ちゃんの糸は、私達専用装備に使うの! 防刃8000、魔防10000よ!? これ量産できたらどうなると思う!?」
「……」
宥子の目が一瞬だけ揺れる。
だがすぐに金勘定モードに戻る。
「でも市場価格は?」
「知らん!」
「そこが問題なの!」
◇ ◇ ◇
カサカサ。
足元で楽白が右往左往している。
自分の糸が争いの火種になっているとは分かっていないのか、ただみょーんと跳ねる。
〈売られるん?〉
〈出荷やな〉
〈可哀想ですのぉ〉
蛇ちゃんズ+サクラ、好き勝手言うな。
「売らないよ!」
私が即答すると、楽白はぴょーんっと私の肩へ。
勝利ポジション。
「まだ売るって決めてない!」
「目が完全に売る目だったよ!」
「だって高級素材なんだもん!」
◇ ◇ ◇
交渉は泥沼化した。
第一ラウンド:感情論。
第二ラウンド:経済論。
第三ラウンド:将来設計。
「もし成体になって暴れたらどうするの!?」
「その時は一緒に戦う!」
「最悪街から追い出されるわよ!?」
「その前に私が装備で固める!」
ヒートアップ。
そこで宥子が突然、にやりと笑った。
「じゃあ、試算しよう」
「は?」
「糸玉1個、仮に金貨50枚とする」
「高っ」
「12個で600枚」
「うわ」
「年間維持費ほぼカバー」
揺らぐ心。
だが私は首を振る。
「でもそれ一回きりでしょ? 装備にしたら長期利益」
「利益は確定じゃない」
「でも可能性はある!」
◇ ◇ ◇
その時。
楽白が私の頬をちょんちょん叩いた。
そして。
ピューーー。
新しい糸を吐く。
「……?」
さらに。
ピューーーー。
ピューーーーーーー。
止まらない。
あっという間に糸玉追加。
「増えた……」
「増えたわね……」
沈黙。
〈量産体制や〉
〈無限機関ですの?〉
〈出荷祭りやな〉
蛇ちゃんズ黙れ。
私はそっと聞く。
「……これ、毎日出せる?」
コクコクコクコク。
リズム早い。
「強度調整も?」
コクコク。
「疲れない?」
……ぴた。
一瞬止まる。
そして、ゆっくりコク。
あ、疲れるんだ。
◇ ◇ ◇
私は深呼吸した。
「分かった。妥協案」
宥子が腕を組む。
「聞こう」
「糸玉の三分の一は売却。三分の二は装備開発用」
「半々じゃないの?」
「嫌」
「ケチ」
「投資家と言って」
沈黙。
そして。
「……五分五分」
「三分の二」
「六対四」
「七対三」
睨み合い。
最後に宥子が溜息。
「六対四で手を打つ」
「よし」
握手。
その瞬間。
〈交渉成立や〉
〈商談成立ですの〉
楽白が嬉しそうにぴょんぴょん。
◇ ◇ ◇
だが、戦いは終わらなかった。
翌日。
宥子は売却用糸玉を袋に入れようとする。
私は即座に阻止。
「それ私の開発分!」
「いやそれ売却分!」
引っ張り合い。
糸玉、びよーんと伸びる。
「伸びるの!?」
「強度やば!」
慌てて離す。
◇ ◇ ◇
結局、正式に管理ルールを制定することになった。
一、糸生産は楽白の体調優先。
二、売却分は月上限あり。
三、装備開発は私の管轄。
四、勝手に売ろうとしたら罰金。
「罰金高くない?」
「抑止力」
宥子は渋々了承。
◇ ◇ ◇
その夜。
私は糸玉を抱えながら呟く。
「これで量産できる……防刃装備、温度調整服、自動修復マント……」
隣で楽白がくるくる回る。
将来性は無限大。
だが部屋の隅で。
宥子が電卓を叩いている。
「やっぱり市場価格調べよ……」
まだ諦めていない目だ。
こうして、楽白の糸を巡る攻防戦は“停戦”という名の冷戦へ突入したのだった。




