第128話 都市神鎮
「偉い早かったなぁ。」
スルメを燻り、マヨネーズをたっぷり付けて齧っていた私――宥子は、次の瞬間、視界が横に吹っ飛んだ。
パァン!!
乾いた音。
「痛いぃいいいいいい!!何すんねん容子!!」
地面をゴロゴロ転がる私を、腕組みした姉が冷ややかに見下ろす。
「痛いやなくて、何勝手に契約増やしてきとんねん。」
横で帳簿を開いたアンナが、さらさらとペンを走らせる。
「命令違反および独断契約締結。二ヶ月分の給与カットです、宥子様。」
「はぁ!? 何でやねん!! ちゃんと交渉成功させたやん! 街ごと譲渡やで!? しかも神社三社分の建設依頼付きや!」
「だからです。」
アンナが眼鏡を押し上げる。
「都市一つの譲渡契約、霊脈三割確保、隣接三都市への神社建立。事前稟議ゼロ。」
「結果オーライやろ!?」
「組織は結果だけでは回りません。」
ぐぅの音も出ない。
けど納得はせん。
「うちらは今、ミスト領を実質的に管理下に置く瀬戸際やぞ!? 封じられてるんはアーラマンユやなくて、元公爵アベル・フォン・ミストの霊や。王家案件や。さっさと主導権取らな飲み込まれる!」
姉がため息を吐く。
「せやからって、単独で都市買収すな。」
「買収ちゃう、譲渡や!」
「言い方の問題ちゃうわ!」
再びハリセンが唸る前に、私は素早く土下座した。
「給与カットだけは勘弁して! 来月コラボ展あるねん! 散財したいねん!」
「真面目な顔で言うな。」
アンナが冷酷に告げる。
「追加報告が有益なら再検討します。」
よっしゃ、ここや。
私は懐から古いブローチを取り出した。
青い宝石が埋め込まれた繊細な装飾。
「現ミスト公爵夫人、アナスタシア様から預かった。」
姉の表情が変わる。
「……中におるな。」
「せや。先代公爵アベルの妻の思念が封じられてる。鍵や。」
アンナも帳簿の手を止めた。
「救済希望案件、ですか。」
「せや。公爵は街を丸ごと譲る言うた。代わりに二つ条件や。」
私は指を立てる。
「一つ、街を浄化して再生させること。
二つ、隣接三都市に神社を建立し、霊脈を安定させること。」
「……規模が国家事業やな。」
姉が呟く。
「せやから勝手に動いた。時間なかった。」
沈黙。
やがて姉はブローチを受け取り、目を閉じた。
「……悲しい声がする。」
微かに震える宝石。
封じられているのは怨念だけやない。
未練や。
「作戦は?」
姉が問う。
「私は街全域を浄化。三重オーロラヒールと多重結界。弱体化させる。
その間に姉ちゃんが館へ入り、アナスタシア様と同調。アベルを説得。」
「説得内容は?」
「一、神として祀る。
二、この街を学術都市として再興。
三、アベルの名を正史として各地へ伝える。」
姉はじっと私を見る。
「本気か?」
「本気や。都市一つ抱える覚悟や。」
長い沈黙の後。
「……分かった。やる。」
その瞬間、アンナが帳簿を閉じた。
「給与カット、保留にします。」
「神!!」
「成功前提です。」
「鬼!!」
◇
翌朝。
霧は薄いが、太陽は弱い。
アンデットが昼でも蠢く街。
「勝算はあるんですかぁ!?」
ボブが半泣きで聞いてくる。
「勝算? ないで。」
「えぇ!?」
「負けへんけど勝ち切る保証もない。せやけど、うちらが折れたら終わりや。」
私は見習い候補二百名を見渡す。
容子率いる本隊が外周を固め、私は中央制御。
「集合!」
ビシッと整列。
「失敗は死に直結する。成功させろ。以上!」
「「「ハッ!」」」
神棚の前に座る。
祝詞を唱える。
大祓詞が霧の空に響く。
魔法陣を三重展開。
街全体を包む巨大な光輪。
「魔力、全開!」
見習いたちがMPを注ぎ込む。
私は叫ぶ。
「オーロラヒール!」
光柱が天より降りる。
地面が震え、瘴気が焼ける。
遠くで絶叫。
それは悪神アーラマンユではない。
人が怨念へ堕ちた存在――アベルの咆哮。
HPが削れる。
MPが枯れる。
上級ポーションを煽る。
「維持! 絶対切らすな!」
街の四隅に設置した多重浄化結界が連動。
都市そのものが巨大な神域へ変換されていく。
その隙に、容子は紅唐白ちゃんを伴い館へ突入した。
私は歯を食いしばる。
「都市譲渡、神社三社、霊脈三割……全部まとめて背負ったんや。」
逃げへん。
光がさらに強まる。
ブローチが共鳴し、青白く輝いた。
館の方角から、静かな声が届く。
泣くような、赦すような声。
アベルの絶叫が徐々に鎮まっていく。
光は街を包み続ける。
「……頼んだで、姉ちゃん。」
私は魔法陣を維持しながら呟いた。
都市を神域へ。
怨霊を神へ。
商売と救済を両立させる無茶な挑戦。
けれど。
「ここで成功させたら、ミスト領はうちらのもんや。」
光が頂点へ達する。
浄化は、最終段階へと突入した。




