第127話 霧都譲渡
――その頃の私、宥子視点。
ミスト公爵邸の応接間は、外界の瘴気とは別世界のように静まり返っていた。
重厚な机を挟んで向かい合うのは、現ミスト公爵。
封じられているのは先代アベル・フォン・ミストの霊やけど、いま交渉している相手は“生きている統治者”や。
「改めて申し上げる。」
公爵は真っ直ぐに私を見る。
「この街ごと、譲渡したい。」
私は目を細めた。
「屋敷周辺区画だけやなく?」
「違う。霊脈管理区域、旧市街、封印地下区画を含む全域だ。」
大胆やな。
「理由は?」
「先代の霊の件は王家にも波及しかねん。政治的火種になる前に、責任を切り分けたい。」
冷静や。
保身やなく、統治判断。
「浄化が成功すれば、街は再生する。だがその後の管理は専門家に任せたい。」
「つまりCremaに丸投げ?」
「委任だ。」
言い方の問題やな。
私は腕を組む。
「条件整理するで。」
空中に契約式陣を展開。
「第一。浄化成功時、街全域の所有権はCremaに完全譲渡。」
「承知。」
「第二。浄化失敗時、強制消滅処理を行う可能性あり。」
「民の避難は既に進めている。優先は市民だ。」
「第三。政治的圧力により、うちの評価ポイントが付与されん可能性あり。」
「構わぬ。」
迷いがない。
「ほんまにええんか? 都市一つやぞ。」
公爵は静かに答える。
「都市は器だ。民が残れば再建できる。」
嫌いやない、その覚悟。
血判が押され、契約が成立する。
これでミスト領は、浄化成功時にCrema直轄や。
◇
「……実は、もう一つ頼みがある。」
公爵が続けた。
「まだあるんかいな。」
「他の街にも、神社を建設してほしい。」
私は瞬きをする。
「ミストだけやないと?」
「隣接三都市。瘴気濃度が上昇している。」
なるほど。
「防衛拠点兼、精神的支柱が欲しい、と。」
「そうだ。」
神社は結界中枢になる。
霊脈を安定させ、瘴気を抑え、民心をまとめる。
「タダではやらんで。」
「当然だ。」
「建設費、霊脈使用権一部、そして人員派遣の保証。」
公爵は頷く。
「受け入れる。」
「さらに条件追加。」
私は指を立てる。
「神社はCrema管理下。人事権もこちら。」
「……宗教自治を認めるということか。」
「干渉されると困る。」
数秒の沈黙。
「認めよう。」
思い切ったな。
これでミスト領周辺にCremaの拠点が連なる。
ほぼ勢力拡張や。
「建設規模は?」
「三都市それぞれ中規模一社。」
「巫女派遣は?」
「最低十名ずつ。」
私は頭の中で人員を弾く。
容子率いる二百名のうち、適正ある者を回せる。
「分かった。ブートキャンプ組から選抜する。」
「助かる。」
契約式陣が再展開される。
・ミスト市街完全譲渡(浄化成功時)
・隣接三都市への神社建設
・管理権はCrema
・霊脈一部供与
光が弾け、条項が固定される。
◇
廊下へ出る。
窓の外、霧に包まれた街。
「街ひとつゲットか。」
軽く言うけど、責任は重い。
そこへ足音。
振り向けば容子。
「交渉終わったん?」
「終わりや。」
「顔が悪だくみしとるで。」
「都市譲渡と神社三社分や。」
「は?」
姉が固まる。
「仕事増えたな。」
「……ほんまにアンタは。」
呆れ顔。
せやけど目は燃えとる。
「やるんやろ?」
「当たり前や。」
外周では巫女と神巫が結界を維持している。
浄化前の緊張感。
「まずは先代の霊を鎮める。」
それが成功すれば都市は手に入る。
失敗すれば更地。
「神社三社、設計は?」
「標準型結界強化仕様。」
「資材は?」
「この街から回収できる。」
私は笑う。
「無駄がないやろ?」
「商人やなぁ。」
せや。
救済も商売も両立させる。
「ミスト領、再編や。」
霧の向こうで瘴気が揺らぐ。
契約は終わった。
次は実行。
都市譲渡。
神社建設。
そして浄化。
「忙しくなるで。」
私は拳を握る。
「全部まとめて面倒見たるわ。」




