第126話 元王太子の残響
ミスト公爵邸を中心に張られた結界の光が、濃霧に沈む街並みを白く縁取っている。
本隊二百名は容子の指揮下、外周から瘴気の流れを断ち切り、浄化陣を段階的に重ねている。巫女と神巫、合わせて二百名。呼吸は一つ、歩幅も揃い、祓詞の抑揚さえ統一されていた。
一方、私は――宥子は十名を率いて内側へ踏み込んでいる。
「二人一組、視界共有! 背中預けろ!」
石畳を蹴った瞬間、路地という路地からアンデットが溢れ出す。
骸骨兵、腐肉を垂らす屍人、怨念の塊のような亡霊。
だが恐れるに足らん。
前衛神巫が槍で弾き、後衛巫女が札を走らせる。
十名やけど密度は濃い。動きに無駄がない。
「街を一周浄化や! 最後に屋敷! 姉は中枢確認中や、こっちは足場固める!」
私は駆け出す。
ほぼランニングや。襲い来る屍を拳で砕き、蹴り飛ばしながら、四隅へ魔石を埋設していく。
「「祓い給え、清め給え――エクストラルヒール!」」
白光が爆ぜ、ゾンビが塵となる。
「それ回復魔法やぞ!? 攻撃用途ちゃう!」
思わず叫ぶが、理屈は通っている。神聖属性を帯びた回復魔法はアンデットにとって猛毒。効率はともかく確実や。
走り抜け、館前へ辿り着く。
そこで私は確信した。
「……邪神やない。」
瘴気は濃い。だが性質が違う。
これは神格の波動やない。
人の絶望や。
押し潰され、封じられ、行き場を失った魂の膨張。
<姉ちゃん、どうや?>
<内部確認済み。邪神反応なし。封印対象は一霊体。>
<誰や?>
<皇太子から引き摺り降ろされた元公爵――アベル・フォン・ミストや。>
私は足を止めた。
<……元公爵?>
<王位継承争いに失脚。この地に蟄居させられ、死後も封印。>
胸が重くなる。
<暴走寸前ちゃうん?>
<半暴走や。街のアンデット発生源は彼の怨嗟。封印が逆効果になっとる。>
私は歯を食いしばる。
<墓地を調べる。>
◇
屋敷裏手の墓地は不自然な静寂に包まれていた。
風もない。
虫も鳴かない。
墓石は風化し、文字は読めへん。
その時――
『……アベル様を……』
振り向くと、淡く揺らぐ女性の霊。
気品ある面差し。だが悲しみに沈んでいる。
「見えるで。話して。」
『わたくしが……見えるのですか?』
「巫女やさかいな。」
彼女は名乗った。
『アナスタシア・フォン・ミスト……夫を……アベル・フォン・ミストをお救い下さい……』
語られる過去。
アベル・フォン・ミスト。
かつて公爵家を継ぎ、政治にも才を発揮した人物。
だが王位継承争いの渦に巻き込まれ、敗れた。
王家は彼の才と人望を恐れた。
反旗を翻す可能性を危惧し、この地へ蟄居を命じた。
『あの方は権力に執着などありませんでした……ただ民を守りたかっただけ……』
志を奪われ、役目を剥がれ、閉ざされた生。
死後もなお、封印。
『封印は……王家の命で……』
私は拳を握る。
浄化やない。
“口封じ”や。
暴れぬよう、歴史に影を落とさぬよう、魂ごと閉じ込めた。
『どうか……あの方を解き放って……』
彼女は桃色の石が嵌まったブローチを差し出す。
『これを……アベル様へ……アナスタシアは共にいると……』
光が石へ吸い込まれる。
形見や。
私はそれを受け取る。
「必ずとは言えん。でも最善は尽くす。」
彼女は安堵の笑みを浮かべ、消えた。
◇
待機地点へ戻ると、十名が即座に立ち上がる。
「封じられとるんは邪神ちゃう。」
私は告げる。
「元公爵、アベル・フォン・ミストの霊や。」
空気が張り詰める。
「王家の尻拭いや。滅したら歴史ごと葬ることになる。解放して暴走したら街が終わる。」
そこへ本隊の結界光が近づく。
二百名が整然と展開。
容子が前へ出る。
「話は聞いた。」
私はブローチを差し出す。
「救える可能性はある。未練は“人”や。」
姉は静かに頷く。
「ならやる事は一つや。」
「……救済か?」
「封印を解き、暴走を抑え、未練を断つ。」
難易度は最上級。
相手は邪神やない。
絶望を抱えた一人の男。
元公爵アベル・フォン・ミスト。
その魂を滅するのではなく、救う。
「行くで。」
二百十名の祓詞が重なる。
霧の奥、屋敷中心部。
瘴気が脈打つ。
それは邪悪ではない。
裏切られ、閉じ込められた魂の悲鳴や。
今から私達は、その檻を開ける。




