第124話 全国行脚録
「姉、入るよ」
そう言って執務室の扉を開けた瞬間、ボールペンが一直線に飛んできた。
ヒョイ、と躱す。
壁に突き刺さるボールペン。
殺意高ない?
「ノックしてから入れ粕めっ!」
机の向こうで宥子が吠える。
机の上には書類、書類、書類。
山脈や。
しかも未処理の赤印だらけ。
「機嫌悪っ。更年期?」
「誰がや!!」
即ツッコミ。元気やな。
私は積み上がった書類をぱらりと捲る。
「いくつかヤバい物件あったやろ? 地方でも構わへんし二十一件ほど集めてくれへん? 神社建設の交渉も頼むわ」
「は?」
姉の顔が引き攣る。
「何言ってんの!? そんな面倒ごと嫌やで!」
即拒否。
だがその背後から、にこやかな圧が近付く。
「何を仰っているのですか?」
アンナ、降臨。
完璧な笑顔。
「天照大御神様の神社建設と布教を全国で行いたいとおっしゃっていたではありませんか。大丈夫ですよ、容子様。貴族の伝手はございます。明々後日には書類を整えてお渡しします」
決定事項。
「待て待て待て!」
宥子が机を叩く。
「社長は私やぞ!?」
「ええ、最終決裁は宥子様です」
「実務は!?」
「私と容子様で進めます」
姉、崩れ落ちる。
「私だって全国津々浦々回って遊びたい!!……ちゃう、視察と強化訓練や!」
後ろでアンナがハリセンを構えた。
パァン。
「本音が漏れております」
私は肩を竦める。
「あんた書類で動けへんやん。アンナ連れてって交渉させるんでもええやろ? 最終試験もあるしな」
「うぅ……」
机にへばりつき、半泣き。
鬱陶しい姉である。
「どうでも良えけど、書類仕事から逃げるなよ」
クイ、と後ろを指す。
姉が振り返る。
アンナ、無言の圧。
「ぎゃあああ!」
私は満足して執務室を後にした。
◇
数日後。
アンナがげっそりした顔で現れた。
「最終試験はヒロコ様も同行されます」
「何で?」
「猛抗議がございました」
ああ、想像出来る。
「黙って書類処理してればええのに……」
本音が漏れるアンナ。
「件数ですが、二十一件から三十七件に増やしました。各領地で試験と並行し滞在可能な住居も確保しております」
「増えてるやん」
「効率重視です」
渡された書類を捲る。
大貴族の領地。
王族の別荘地。
辺境伯の山岳地帯。
港町。
雪国。
多彩。
「無料にしては安過ぎへん?」
「“それなりのもの”が住み着いております」
ページをめくる。
黒塗りの報告。
瘴気濃度。
異形目撃。
封印不完全。
「アーラマンユ系統か」
「はい。既存の祓いでは封印が限界とのこと」
なるほど。
取り壊し不可。
放置すれば価値は下落。
ならば。
「OK。全部処理させる」
神社に再利用。
住居として再生。
税も入る。
こちらは戦力強化。
向こうは厄介払い。
Win-Winや。
「王都は大丈夫なん?」
「問題ありません。ただ……ヒロコ様は書類付きで同行します」
「足手まといやん」
「置いていくと逃走します」
アンナの目が死んでいる。
「苦労するなぁ」
「慣れております」
遠い目。
「明後日出発やな。神社と孤児院にも伝えとく」
私は踵を返す。
◇
出発前日。
神巫部隊整列。
リゼル・フォーマットを含む特別強化組もいる。
「全国行脚や」
私の声に緊張が走る。
「三十七件。全部アーラマンユ絡み。甘く見たら死ぬで」
ざわり。
「最終試験兼、実戦強化や。落ちたら除籍」
空気が張り詰める。
その横で、書類束を抱えた宥子がぶつぶつ。
「何で私まで……」
「社長やからや」
「書類多過ぎや!」
「知らん」
アンナが静かに囁く。
「夜通しで処理なさって下さい」
「鬼や……」
◇
そして出発当日。
王都を離れる馬車列。
巫女、神巫部隊、護衛、荷馬車。
最後尾で書類と格闘する宥子。
「最初はどこや」
「北方辺境伯領。旧修道院跡地です」
瘴気濃度高。
封印継ぎ接ぎ。
典型的な負の遺産。
私は笑う。
「ええやん。派手に行こか」
遠くの空が僅かに曇る。
アーラマンユの残滓か。
それとも歓迎か。
「全国制覇や」
神社建設。
物件浄化。
戦力底上げ。
そして――観光も少々。
「遊ぶ気満々やろ」
隣で姉が睨む。
「視察や」
「目が輝いとる」
「強化訓練や」
「土産屋チェックやろ」
「うるさい」
笑いが広がる。
だがこれは遊びではない。
三十七の負債。
三十七の戦場。
三十七の試験。
全部、喰う。
王都の外へ、私達は進む。
神社を建てるため。
アーラマンユを祓うため。
そして――
自分達を、さらに強くするために。




