第123話 巫女昇華録
選ばれたのだと、最初は思った。
男爵令嬢四女、リゼル・フォーマット。
フォーマット家は古くから王国に仕える家柄だが、所詮は男爵位。上を見れば伯爵、公爵が並び、下を見れば騎士や平民出の成り上がりもいる。四女である私は、家督とも縁遠く、政略結婚の駒としても“控え”扱い。可もなく不可もなく、静かにどこかへ嫁ぐ未来が用意されている――はずだった。
そんな私の元へ届いた、神社直属実働部隊・仮採用通知。
しかも、特別強化対象。
家族は歓喜した。父は「箔がつく」と笑い、母は「巫女様なんて名誉なこと」と涙ぐんだ。姉達は少しだけ羨望を滲ませた。
だが、神社に到着して三分で悟る。
これは栄誉ではない。
戦場への片道切符だと。
「特別ブートキャンプ対象者、前へ」
静まり返る訓練場。
白砂の広場の中央に立つのは、容子様。
柔らかな物腰。整った笑み。だが、底知れない圧を纏う人。
私は一歩、前へ出た。
「リゼル・フォーマット。現在レベル七十八」
資料をめくる音。
「水属性適性B+、治癒A-、結界C。身体能力は平均よりやや上。根性は未知数」
顔を上げ、私を見る。
「レベル二百目指すで」
空気が凍った。
二百。
騎士団でも一握り。王都の英雄譚に名を連ねる者達の領域。
「返事は?」
声が出ない。
だが、出さねばならない。
「……はい!」
「よろしい」
笑う。
それは祝福ではない。
宣告だった。
◇
一日目。
座学なし。
準備運動なし。
「出てきてええで」
結界の外から魔物を誘導。
中級スライム十体。
「単独殲滅」
即答。
私は棍杖を構える。
水刃で牽制。浄化弾で一体。
だが数が多い。
囲まれる。
「足止め!」
アンナの声と同時に補助結界が展開。
「自力で抜けろ」
容子様の声は冷たい。
詠唱短縮。魔力圧縮。光を一点集中。
爆ぜる。
全滅。
膝をつく私に一言。
「遅い」
◇
三日目。
睡眠六時間。
食事は高栄養だが味わう余裕なし。
「回復は最低限。自分にかけるな。前へ出ろ」
巫女なのに殴る。
棍杖で頭を砕き、浄化で止め。
レベルが跳ねる。
八十台後半。
九十台。
百。
百到達の瞬間、視界が白く弾けた。
「通過点や」
容子様は満足そうに頷く。
◇
七日目。
ワイバーン討伐。
空を旋回する巨大な影。
「落とせ」
無茶だ。
だが誰も異論を挟まない。
私は結界で風圧を逸らし、光の足場を生成し、空へ跳ぶ。
浄化槍生成。
投擲。
命中。
墜落。
地上戦。
爪を躱し、棍杖を叩き込む。
止めは浄化爆。
衝撃。
静寂。
レベル百二十七。
震える私に、容子様が近付く。
「死ぬか思った?」
「……はい」
「死なんように鍛えとる」
その言葉は、厳しくも真実だった。
「守る側に立つなら、弱さは罪や」
胸に深く刺さる。
◇
二週目。
合同演習。
百名規模。
私は前衛補助兼浄化主軸。
「前出過ぎや」
容子様の声が飛ぶ。
「全体を見ろ。お前一人で戦うな」
気付く。
強いだけでは足りない。
部隊を回す視点。
判断力。
統率。
経験値だけでなく、視野も上げろ。
◇
十五日目。
アーラマンユの残滓。
黒霧が現れる。
「実戦投入や」
容子様が笑う。
「ここで落ちたら除籍」
心臓が激しく打つ。
だが、足は前へ。
浄化陣展開。
「三班左支援! 結界二重!」
霧が迫る。
恐怖。
でも逃げない。
光を極限まで圧縮。
最大出力。
放つ。
黒霧が裂け、消える。
膝をつく私。
レベル百六十。
まだ遠い。
だが。
「合格や」
容子様の声。
「基礎は出来た」
息が震える。
「二百まで……」
「行かせる」
断言。
迷いがない。
◇
夜。
鏡の前。
傷だらけの自分。
だが、目は違う。
四女として静かに消える未来は、もうない。
神巫部隊の一員として、戦場に立つ。
強制パワーレベリングは地獄だ。
だが地獄の先にしか見えない景色がある。
レベル百六十二。
目標二百。
私は棍杖を握り締める。
選ばれたのではない。
選び取るのだ。
この力を。
この立場を。
そしていつか――
誰かを守れる、真の巫女になるために。




