第121話 逆襲宣言
ヒャッハー!
まさにザマァな展開になってきました、容子です。
姉――宥子は運転免許の実技試験に落ちた!
原因は明確。
速度が出ないから!
制限五十キロ道路で四十キロ巡航。直線でも四十五。合流では後続車に詰められ、試験官からは「交通の円滑を著しく阻害」と冷酷な評価。
合宿免許、自腹乙!!
私は玄関ホールで盛大に姉を指差した。
「合宿までして試験落ちるってどんだけやねんww」
語尾に草を生やし、遠慮なくpgrする。
「人には得手・不得手があるんや! 私が免許取れんでも他の人が取れれば問題あらへんもん!」
「負け惜しみワロス。落ちてんから、合宿代は自腹な」
「ぐぐぐっ……!」
完璧主義の姉が、これほどまでに悔しそうな顔をするのは珍しい。
だが同情はしない。
だって面白いから!
「それで、留守の間問題起こしてへんやろうな?」
敗北者のくせに経営者モードに戻るの早いな。
「小さい諍いはあったけど、大きな問題はないで」
「不届き者は自衛団から警邏隊へ引き渡しました。秩序は維持されています」
アンナが淡々と報告する。
私はにっこり笑う。
さあ姉よ、地獄の成果物を受け取るがよい。
「何や、これ?」
「宥子様がいらっしゃらない間に神社へ来訪した方々の中から、有望な人物をスカウトしておきました。一枚目が名簿、二枚目が指導日程です」
名簿、百二十七名。
年齢、経歴、技能、性格傾向までびっしり。
姉の顔が引きつる。
「二枚目は……」
スケジュール表。
朝五時起床。
六時座学。
八時実務。
十三時戦闘基礎。
十六時応用訓練。
二十時反省会。
二十二時就寝。
睡眠八時間。
「ちょっ……これは無理やろ」
「眠気は栄養剤で調整を。体力は休息と食事で回復可能です。宥子様なら問題ありません」
アンナは微笑む。
目が笑っていない。
本気だ。
「十時間睡眠やったやろ私」
「八時間でも人間は機能します」
「研究結果みたいに言うな!」
私は横で吹き出す。
「自業自得や。人生相談任せたらこうなる」
「Noooooo!!」
「仮採用通知は発送済みです。明朝から本格始動します」
姉は床に膝をついた。
敗北者のポーズ。
「ほな、宥子は頑張りや。うちらは再合宿や」
私は軽やかに手を振る。
◇
三日後。
戻ってきた私は言葉を失った。
庭に整列する百二十七名。
動きが揃っている。
視線が鋭い。
「気を付け!」
号令。
空気が張り詰める。
前に立つのは宥子。
やつれている。
だが目は燃えている。
「お帰り、容子」
「……何これ」
「第一期生や」
百二十七名が一斉に礼。
「神社直属実働部隊、準備完了です!」
声が揃う。
怖い。
「三日で何したん?」
「座学で規律叩き込んで、実務で責任持たせて、訓練で限界まで追い込んだ」
「鬼やん」
「合理的や」
淡々。
だがクマが濃い。
「寝てる?」
「八時間」
「絶対足りてへんやろ」
「……七時間半」
減ってる。
◇
だが笑っていられたのはそこまでだった。
その夜、警鐘が鳴る。
「北湾岸に異常事態!」
黒い霧が海側から押し寄せる。
人々が逃げ惑う。
「何あれ……」
「アーラマンユの影響や」
姉の声が低い。
古文書に記された災厄の名。
だが私たちは精霊の加護など持っていない。
奇跡も祝福もない。
あるのは鍛えた技術と頭脳と根性だけ。
「第一期生、出動準備!」
百二十七名が走る。
鎧を装着。
武器を携える。
魔法は理論と訓練で習得したもの。
才能任せではない。
「容子、車出せ!」
「え?」
「現地指揮取る!」
姉が運転席へ。
エンジン始動。
アクセルを踏む。
四十。
「遅い!」
五十。
六十。
七十。
私は息を呑む。
「出とるやん」
「必要やからな」
湾岸到着。
黒霧の中、異形の影がうごめく。
第一期生が陣形を組む。
「前衛三列固定! 後衛、浄化陣展開!」
理詰めで構築した対策陣。
研究と訓練の成果。
突撃。
衝撃。
悲鳴。
だが崩れない。
姉が指示を飛ばす。
「三番隊、右から回り込め!」
連携。
連動。
黒霧が薄れる。
最後の影が断末魔を上げ、霧は晴れた。
静寂。
◇
帰路。
姉はハンドルを握ったまま深く息を吐く。
「……怖かった?」
私が聞く。
「怖いに決まってるやろ」
正直だ。
「でもな」
信号待ちでこちらを見る。
「怖くても踏まなあかん時はある」
七十キロで走った道を思い出す。
試験で四十五しか出せなかった人が。
今は必要な速度を出している。
「ザマァとか言うて悪かったわ」
「ほんまやで」
姉は小さく笑う。
精霊の加護なんてない。
特別な祝福もない。
それでも人は鍛えれば強くなる。
速度が出なかった人間が、百二十七名を率いて災厄に立ち向かう。
私は窓の外を見る。
夜明けが近い。
「次は免許更新やな」
「その前にお前の性格更新や」
「何でや!」
車内に笑いが戻る。
けれど私は知っている。
必要な時、姉は必ず踏む。
恐怖を抱えたままでも。
それが宥子という人間や。




