第119話 貴族交換譚
今回はお祓いではない。
瘴気も怨霊も関係ない、極めて健全――いや、極めて商売的な訪問である。
「本日はCremaの回収査定日でございます」
アンナが澄ました声で告げると、目の前の伯爵夫人は露骨に顔を輝かせた。
ここは王都西区、由緒正しきが金回りは少々怪しくなってきた貴族街。
私――容子は神主装束ではなく、今日は完全に商人の顔だ。
◇
事の発端はこうだ。
神社の参拝客の中に、やたらと古着や家具の処分に困っている貴族が多いことに気付いた。
流行遅れのドレス、趣味の変わった装飾棚、婚礼用だったが倉庫に眠るままの食器一式。
捨てるには惜しい。
だが持っていても嵩張る。
そこで私は考えた。
「回収して、ポイント制にしたらええやん」
◇
名付けて――
Crema貴族ポイント交換制度。
回収した古着・家具・宝飾の一部を査定し、価値に応じてポイントを付与。
そのポイントと交換出来るのは三択。
一、Crema基礎化粧品フルセット。
二、Crema新作服飾ライン。
三、Crema監修宝飾品。
すべてCremaブランドである。
◇
「こちらのドレスは三年前の流行品ですね。刺繍は上質ですが裾にほつれがございます」
キャロルが冷静に査定。
「では八十ポイント」
「まあ、そんなに!?」
伯爵夫人が目を丸くする。
「タンス一棹は?」
「材質は良質のオーク。彫刻も繊細。百二十ポイント」
「合わせて二百……」
計算が追いつかない夫人の横で、ルーシーが即答。
「二百ポイントでございます」
彼女の《完全記憶》と《演算》は本当に便利や。
◇
「交換は何になさいますか?」
アンナが営業スマイル。
伯爵夫人は迷いに迷った。
「……基礎化粧品セットを」
出ました、一番人気。
Crema基礎化粧品フルセット。
洗顔、化粧水、美容液、乳液、保湿クリーム、下地。
さらに限定香水ミニボトル付き。
全て魔力付与済み。
肌のキメを整え、透明感を増し、微弱な回復効果もある。
「最近、王都で評判なのよ。Cremaの化粧品を使っているだけで格が上がるって」
夫人は嬉しそうに箱を抱えた。
◇
別の日。
侯爵家。
「こんな古い家具、本当に引き取ってくれるのか?」
重厚な書斎机。
脚は少々ぐらつく。
「修復前提なら可能です。二百五十ポイント」
「ほう……」
侯爵は顎を撫でる。
「ならば宝飾品と交換だ」
Crema監修宝飾品。
若手細工師が手掛けた指輪やネックレスに、微弱な魔力付与。
魅力上昇、印象強化、悪意感知。
さりげなく実用的。
「これを身につけて夜会に出るか」
侯爵は満足げだ。
◇
この制度の肝は三つ。
一、貴族の“処分欲”を刺激する。
二、Crema商品のブランド価値を更に上げる。
三、回収品を再生販売し、二重三重に利益を出す。
回収した古着は若手仕立て屋の教材兼再生品。
家具は修繕して高値で再販。
宝飾は溶解・再加工。
全てCrema刻印入り。
◇
やがて噂が広がる。
「Cremaに持ち込めば無駄にならない」
「ポイントが貯まると限定品と交換出来るらしい」
限定品。
この言葉に弱いのが貴族。
特別仕様の化粧箱、季節限定香水、貴族限定色ドレス。
ポイント上位者には招待制内覧会。
◇
ある公爵夫人が言った。
「お祓いも素晴らしいけれど、こういう実利のある制度も素敵ね」
私は笑う。
「神社は心を整える場所。Cremaは生活を整える場所です」
綺麗事半分、本音半分。
◇
貴族たちは競うように回収依頼を出す。
「我が家の方が高ポイントだ」
「限定ドレスは譲れない」
いつの間にか、ポイントが一種のステータスになった。
ランキング表まで作られる始末。
上位十名はCrema貴族顧客殿堂入り。
専属相談員付き。
もちろん有料。
◇
アンナが報告書を持ってくる。
「今月の回収件数、前月比一・五倍です」
「在庫は?」
「修繕班フル稼働でも追いつきません」
嬉しい悲鳴。
私は頷く。
「拠点増やすで。各領主都にCrema回収所設置」
神社網と並行。
信仰と商流。
両輪。
◇
夜。
倉庫を見渡す。
山積みの古着、家具、宝飾。
だが私の目には資源にしか見えない。
「無駄なもんなんてない」
価値は再定義出来る。
そして再定義するのがCrema。
◇
翌週。
新制度発表。
「ポイントを神社への寄進に回すことも可能」
貴族たちざわめく。
寄進ポイントは名誉ポイントに変換。
神社掲示板に名前が載る。
さらにCrema特別章を授与。
商売と信仰が静かに結びつく。
アーラマンユの信徒も、いつの間にかCrema顧客。
信仰は奪わない。
だが、生活圏を制する。
◇
「恐ろしいですね、容子様」
リオンが呟く。
「何が?」
「誰も不幸にせず、気付けば掌の上です」
私は肩を竦める。
「商売や」
お祓いも並行してする。
だが生活を握る。
貴族たちは今日も古着と家具を差し出し、ポイントを貯め、Cremaの箱を抱えて帰る。
その箱の中には、化粧品や服や宝飾品だけでなく――
ブランドへの依存と、静かな帰属意識が詰まっている。
王都の灯りの下。
Cremaの刻印は、静かに、しかし確実に広がっていくのだった。




