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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第111話 夜更余韻

 王宮のパーティを終え、自宅へ戻った瞬間、全員ほぼ同時に崩れ落ちた。


 玄関を抜け、リビングの長椅子に倒れ込む。


「……無理。動かれへん」


 私は天井を見上げたまま呟いた。


 王宮の空気は重い。視線、思惑、計算。笑顔の裏に刃がある場所だ。

 あの空間で数時間、気を張り続けるのは想像以上に消耗する。


「パンジー、お茶ちょーだい」


 声をかけると、すぐに温度ちょうどの湯呑みが差し出された。


 ひと口含む。


「あぁーーー……生き返るわぁ」


 緊張で強張っていた身体が、ようやく緩む。


 向かいの長椅子では、姉の宥子(ひろこ)が帯を少し緩めながら息を吐いている。あの王の前で一歩も引かなかった人間とは思えないほど、今は気の抜けた顔だ。


「姉ぇ、絶対王家の人ら、神社できたらお忍びで来るで?」


 私が言うと、姉は苦笑した。


「あんたもそう思う?」


「絶対来る。王太女とか特に来る顔してたわ」


 王太女の視線は鋭かったが、好奇心もあった。ああいう人は、自分の目で確かめに来る。


「祭事妨害されたら嫌やけど……でもお布施はがっぽり欲しいわぁ」


「それな」


 姉が笑う。


「にしても、新作何か作ったんか?」


「新作ってほどやないけど、お守りは作ったで。厄除け、病除け、商売繁盛。お札は流石に無理や。本職ちゃうし」


 私は湯呑みを置き、指を折る。


「今は寄り合い所みたいになっとるやろ? 神社が建ったら庭先に休憩所作って、のんびりできる空間にしたいんや。桜も百本ほど移植したし」


 姉の目が細くなる。


「その桜、どうやって用意したんや?」


 声が低い。


「会社の金に手ぇ付けてへんやろな?」


 肩を掴まれ、ガクガク揺らされる。


「ちょ、ちょっと待て! 揺らすな! 酔う!」


「正直に言え」


「病気で処分予定やった桜を無料で譲ってもろたんや! サクラちゃんのトータルヒールとリレイズで回復中や! 元手ゼロや!」


 叫ぶと、姉は手を離した。


「また着服か思たわ」


「酷い!」


 私は抗議する。


 だが姉は鼻で笑った。


「まぁ、タダならええ」


 再びお茶を飲み、ふっと真顔になる。


「せやけど、祭事は派手にせなあかんやろな。アーラマンユが五月蠅くなる」


 その名を聞くだけで、空気が僅かに重くなる。


 私は眉をしかめた。


「スラム街の方でも嫌がらせ増えとるみたいやしなぁ」


「王家は口出しできへん。宗教は暗黙の了解や」


 姉はあっさり言う。


「ほな、完全に対立構図やん。Crema出資の天照大御神様の神社は、目の上のたんこぶやろ」


「せやな」


 私は指を組む。


「宮司と巫女はスラムから立てるで。立ち回り上手そうなん何人かおる。地元の顔を立てた方が根付く」


「嫌がらせの対処は?」


「姉ちゃん担当で」


 即答。


「アーラマンユの相手すんの正直めんどい」


 姉がにやりと笑う。


「ええで。ここで徹底的に削ぐか」


 物騒な響きに、私は知らん顔を決め込む。


「分かっとる分かっとる」


 姉は立ち上がり、窓の外を見た。


「神社は権威の外や。せやけど、民の中に根ぇ張る。そこが強みや」


 私は頷く。


 爵位は断った。


 その代わり、自由を手に入れた。


 王も神社では権威を振るわぬと約束した。

 つまり、あそこは完全に私達の領域だ。


「春になったら桜満開やで。祭事は花見兼ねよか?」


「商魂たくましいな」


「当然や」


 私は笑う。


 神社は信仰の場。


 けれど、憩いの場でもある。


 そこに人が集まり、笑い、祈り、語る。


 それだけで十分、力になる。


 姉がぽつりと呟く。


「アーラマンユは力で縛る。うちは縁で繋ぐ」


 その言葉に、私は少しだけ真面目に頷いた。


 外は静かな夜。


 だが、水面下では動き始めている。


 神社建立。

 春の祭事。

 王家のお忍び。

 そして、アーラマンユ側の出方。


 私は湯呑みを掲げる。


「まぁ、来るなら来たらええ。うちらの庭荒らしたら……」


「?」


「倍返しや」


 姉が吹き出す。


「物騒やな」


「姉ちゃんほどやない」


 二人で笑う。


 疲労はまだ残っているが、不思議と心は軽い。


 王宮の重圧から解放され、自分達の拠点で飲む一杯。


 これ以上の贅沢はない。


 私は窓の外の夜空を見上げた。


 遠くで、まだ見ぬ春の桜が揺れている気がした。

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