第111話 夜更余韻
王宮のパーティを終え、自宅へ戻った瞬間、全員ほぼ同時に崩れ落ちた。
玄関を抜け、リビングの長椅子に倒れ込む。
「……無理。動かれへん」
私は天井を見上げたまま呟いた。
王宮の空気は重い。視線、思惑、計算。笑顔の裏に刃がある場所だ。
あの空間で数時間、気を張り続けるのは想像以上に消耗する。
「パンジー、お茶ちょーだい」
声をかけると、すぐに温度ちょうどの湯呑みが差し出された。
ひと口含む。
「あぁーーー……生き返るわぁ」
緊張で強張っていた身体が、ようやく緩む。
向かいの長椅子では、姉の宥子が帯を少し緩めながら息を吐いている。あの王の前で一歩も引かなかった人間とは思えないほど、今は気の抜けた顔だ。
「姉ぇ、絶対王家の人ら、神社できたらお忍びで来るで?」
私が言うと、姉は苦笑した。
「あんたもそう思う?」
「絶対来る。王太女とか特に来る顔してたわ」
王太女の視線は鋭かったが、好奇心もあった。ああいう人は、自分の目で確かめに来る。
「祭事妨害されたら嫌やけど……でもお布施はがっぽり欲しいわぁ」
「それな」
姉が笑う。
「にしても、新作何か作ったんか?」
「新作ってほどやないけど、お守りは作ったで。厄除け、病除け、商売繁盛。お札は流石に無理や。本職ちゃうし」
私は湯呑みを置き、指を折る。
「今は寄り合い所みたいになっとるやろ? 神社が建ったら庭先に休憩所作って、のんびりできる空間にしたいんや。桜も百本ほど移植したし」
姉の目が細くなる。
「その桜、どうやって用意したんや?」
声が低い。
「会社の金に手ぇ付けてへんやろな?」
肩を掴まれ、ガクガク揺らされる。
「ちょ、ちょっと待て! 揺らすな! 酔う!」
「正直に言え」
「病気で処分予定やった桜を無料で譲ってもろたんや! サクラちゃんのトータルヒールとリレイズで回復中や! 元手ゼロや!」
叫ぶと、姉は手を離した。
「また着服か思たわ」
「酷い!」
私は抗議する。
だが姉は鼻で笑った。
「まぁ、タダならええ」
再びお茶を飲み、ふっと真顔になる。
「せやけど、祭事は派手にせなあかんやろな。アーラマンユが五月蠅くなる」
その名を聞くだけで、空気が僅かに重くなる。
私は眉をしかめた。
「スラム街の方でも嫌がらせ増えとるみたいやしなぁ」
「王家は口出しできへん。宗教は暗黙の了解や」
姉はあっさり言う。
「ほな、完全に対立構図やん。Crema出資の天照大御神様の神社は、目の上のたんこぶやろ」
「せやな」
私は指を組む。
「宮司と巫女はスラムから立てるで。立ち回り上手そうなん何人かおる。地元の顔を立てた方が根付く」
「嫌がらせの対処は?」
「姉ちゃん担当で」
即答。
「アーラマンユの相手すんの正直めんどい」
姉がにやりと笑う。
「ええで。ここで徹底的に削ぐか」
物騒な響きに、私は知らん顔を決め込む。
「分かっとる分かっとる」
姉は立ち上がり、窓の外を見た。
「神社は権威の外や。せやけど、民の中に根ぇ張る。そこが強みや」
私は頷く。
爵位は断った。
その代わり、自由を手に入れた。
王も神社では権威を振るわぬと約束した。
つまり、あそこは完全に私達の領域だ。
「春になったら桜満開やで。祭事は花見兼ねよか?」
「商魂たくましいな」
「当然や」
私は笑う。
神社は信仰の場。
けれど、憩いの場でもある。
そこに人が集まり、笑い、祈り、語る。
それだけで十分、力になる。
姉がぽつりと呟く。
「アーラマンユは力で縛る。うちは縁で繋ぐ」
その言葉に、私は少しだけ真面目に頷いた。
外は静かな夜。
だが、水面下では動き始めている。
神社建立。
春の祭事。
王家のお忍び。
そして、アーラマンユ側の出方。
私は湯呑みを掲げる。
「まぁ、来るなら来たらええ。うちらの庭荒らしたら……」
「?」
「倍返しや」
姉が吹き出す。
「物騒やな」
「姉ちゃんほどやない」
二人で笑う。
疲労はまだ残っているが、不思議と心は軽い。
王宮の重圧から解放され、自分達の拠点で飲む一杯。
これ以上の贅沢はない。
私は窓の外の夜空を見上げた。
遠くで、まだ見ぬ春の桜が揺れている気がした。




