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琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

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第110話 王前誓約

 王族の入場と共に、舞踏会は真の幕を開けた。


 王は威厳に満ちた壮年の男。

 王妃は静かな湖面のような気配を纏い、

 そして王太女は、鋭くも澄んだ瞳で会場を見渡している。


 私は膝を折り、礼を尽くした。


 視線が交わる。


 王はゆっくりと頷いた。


「ヒロコよ、面を上げよ」


 会場が静まり返る。


 私は立ち上がる。


 王が一歩進み出た。


「スラム街再建の件、報告は受けておる。治安改善、衛生向上、犯罪率低下。見事な働きであった」


 周囲の貴族達がざわめく。


 私は穏やかに応じる。


「民が自ら立てる土台を整えただけにございます」


「謙遜するな」


 王の声は低く響いた。


「よって、其方に男爵位を与えたい」


 ざわり、と空気が揺れる。


 容子(まさこ)が遠くで目を見開いているのが見えた。


 だが私は一呼吸置いてから答えた。


「恐れながら、辞退させていただきたく」


 会場が凍る。


「理由を聞こう」


「爵位を賜れば、私は王権の枠内に組み込まれます。今後の活動が、政治的思惑に左右されるやもしれませぬ」


 私は視線を真っ直ぐ王へ向ける。


「私は、民のために動きとうございます。立場に縛られず」


 沈黙。


 王太女が興味深そうに私を見る。


 王は数秒、考えた後に言った。


「では、何を望む」


「王都近郊に、神社の建立をお許しください」


 どよめき。


 神社――王権と距離を置く象徴。


「神社は信仰の場。そこでは王の権威も及ばぬこと、ご了承いただきたい」


 大胆な要求。


 だが、引く気はない。


 王妃が王へ視線を送る。


 王太女が一歩進み出る。


「父上。民心の安定には、多様な信仰の共存も必要かと」


 王はゆっくりと頷いた。


「良かろう。神社建立を認める。王権は干渉せぬ」


 会場に波が走る。


「ただし、国家に害を成さぬこと」


「誓います」


 第一の約束は結ばれた。


 私は小箱を取り出す。


「献上の品にございます」


 中には解毒のネックレス。


 宝石の内部に解毒術式を封じ込め、常時微弱な浄化を行う一品。


「毒殺対策か」


 王が静かに問う。


「未然防止に」


 王妃が手に取り、微かに魔力を流す。


「精緻な術式……見事です」


 王は満足げに頷いた。


 その後、王太女が私へ向き直る。


「美の魔法について、直接王家と取引する意思は?」


 核心だ。


「ございません」


 再びざわめき。


「既にレシピは提出済み。特許も出願しております。今後は複数工房が製造可能。競争が起き、価格は安定するでしょう」


 王太女の瞳が鋭くなる。


「独占しないと?」


「独占は恨みを生みます」


 沈黙の後、王は低く笑った。


「商才もあるようだな」


「ですが」


 私は続ける。


「代わりに、こちらを」


 懐から布包みを取り出す。


 無骨な金属のバングル。


 装飾は最小限。武骨そのもの。


「物理攻撃力+1000、魔法防御+500、毎ターン小回復付与」


 周囲が息を呑む。


「……ほう」


 王太女が手に取り、魔力を流す。


 淡い光が広がる。


「性能は確かだ。しかし、見た目が……」


「売れ残りました」


 正直に言う。


 王が笑う。


「戦場では装飾は不要」


 王太女が頷く。


「近衛騎士団に最適」


「一つ金貨二十枚にて」


 間を置く。


「百個、注文する」


 即断。


 周囲がざわつく。


 金貨二十枚×百。


 二千枚。


 だが金額以上に、王家採用の実績が大きい。


「光栄にございます」


 容子(まさこ)が遠くで小さく拳を握っている。


 アンナは既に供給計画を計算している顔だ。


 ワウルは武官達の反応を観察している。


 王が最後に言った。


「ヒロコよ。爵位は与えぬ。だが、対等な協力者として扱おう」


 私は深く頭を下げた。


「ありがたき幸せ」


 音楽が再び流れ出す。


 舞踏会は続く。


 だが今夜、私は爵位ではなく、自由を手に入れた。


 神社建立の約束。

 王家との対等な立場。

 そして二千金貨の契約。


 静かに息を吐く。


 まだ夜は長い。


 だが確実に、盤面はこちらへ傾いた。


 私は杯を掲げ、微笑んだ。


 ――誓いは交わされた。

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