第109話 王宮夜宴
今宵、私は王宮へ向かう。
同行するのは妹の容子、アンナ、そしてワウル。四人で王宮舞踏会へ挑む。
王都の中心に聳える王宮は、夜になると別世界だ。白亜の壁は魔導灯に照らされ、金装飾は星屑のように煌めく。赤絨毯が正面階段を覆い、両脇には近衛騎士が整列している。格式、威圧、権威――その全てが視覚で分かる造りだ。
「姉さん、肩の力抜きや」
容子が小声で言う。
「抜きすぎてもあかんやろ」
私は微笑みながら返す。
今日の着物は容子が仕立てた特注品だ。漆黒の地に金糸の流水紋。帯には薄い防御術式が織り込まれている。髪には同じく容子製の簪。見た目は優雅だが、魔力の流れを整える補助具でもある。
王宮の扉前で迎えたのは案内役の若いメイドだった。
「こちらへどうぞ」
声音は丁寧。しかし、視線には露骨な軽視が混じっている。異国装束の成り上がり商人――そう見えているのだろう。
私は笑みを崩さない。
「案内、頼むわ」
内心は少し苛立つが、ここで感情を表に出すのは下策だ。
磨き上げられた大理石の廊下を進む。壁画は王家の戦史。天井画は神話。権威の塊だ。
やがて大扉が開かれる。
光と音楽と香水の匂いが押し寄せる。
舞踏会会場。
数百の貴族が一斉にこちらを見る。
――今や。
私は即座にスキルを展開する。
『暗記』。
魔力を薄く広げ、視界に入る全員へ一時的共有付与。顔、家紋、席次、発言、立ち位置、周囲の反応まで瞬時に記録する。
これで名前を取り違えることはない。
「始まったな」
ワウルが小さく呟く。
すぐに貴族達が寄ってくる。
「ヒロコ殿、お噂はかねがね」
「例の美の魔法薬について――」
「今後の供給契約を――」
笑顔で応じ、核心には触れさせない。
「本日はご挨拶のみで」
「詳細は組合経由で」
柔らかく、しかし線は引く。
暗記スキルのおかげで、相手の過去の発言や派閥関係も瞬時に把握できる。誰と誰が敵対しているか、どの家が財政難か、どこが王家寄りか。
その隙に三人は散る。
アンナは給仕動線と出入口を確認しながら耳を澄ます。
容子は貴婦人達の輪へ自然に入り込み、流行と社交界の噂を吸い上げる。
ワウルは武官達と軽く杯を交わし、軍備や国境の動きを拾う。
私は中央に留まる。
釣り餌の役目。
やがて空気が変わった。
人垣が割れる。
「ヒロコ様でいらっしゃいますわね」
筆頭公爵、ミスト公爵家の夫人。
銀灰色のドレス。冷たい美貌。社交界の実質的支配者とも言われる存在だ。
「初めまして。光栄です」
私は礼を尽くす。
「美の魔法薬、大変な評判ですの。ぜひ、直接お取り引きを」
単刀直入。
周囲が静まる。
「ありがたいお話ですが、取引は組合経由のみと決めております」
「特別枠も?」
「ございません」
きっぱり。
特別扱いをすれば均衡が崩れる。王家の不興も買いかねない。
夫人は私を観察する。
値踏み。
私は小箱を取り出す。
「本日はご挨拶の印に」
中には簪。
容子の最高傑作の一つ。銀細工に淡紅の宝石。魔力循環を穏やかに整える術式入り。
「まぁ……見事」
夫人の瞳が僅かに柔らぐ。
「直接の取引は出来ませんが、誠意は尽くします」
数秒の沈黙。
「賢明ですわ」
波は収まった。
その瞬間――
高らかなラッパの音。
「王族の御成り!」
全員が一斉に膝を折る。
大扉が開く。
現れたのは、王。
王妃。
そして王太女。
王は威厳に満ち、王妃は静謐な美を纏う。そして王太女は、若さと知性を兼ね備えた鋭い眼差しで会場を見渡している。
空気が一段と引き締まる。
これが本当の開幕。
政治、権力、欲望、策略。
全てが今夜、交差する。
私は静かに息を整えた。
王太女の視線が、こちらを一瞬捉える。
――面白い夜になりそうやな。
舞踏会の音楽が鳴り響き、王宮夜宴は本格的に幕を開けた。




