表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琴陵姉妹の異世界日記  作者: A愛
第二章【セブール】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/119

第107話 神巡龍授

 私は宥子(ひろこ)


 異世界と地球を繋ぐのは、転移陣でも魔法陣でもない。


 ただの――自宅の鍵だ。


 金属の冷たい感触を指先で確かめながら、私はアンナと並んで玄関の前に立つ。異世界側に現れる“地球の玄関扉”は、いつ見ても不思議だ。周囲が石畳でも森でも関係ない。そこだけが、きっちり日本の住宅のドアなのだから。


「開けます」


 カチリ、と鍵が回る。


 扉を開けば、そこは見慣れた我が家。


 畳の匂い。冷蔵庫の低い作動音。窓の外を走る車の気配。


「……帰宅完了ですね」


「転移やなくて、ちゃんと帰宅や」


 靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。その何でもない動作が、妙に心を落ち着かせる。


 だが、のんびりはしていられない。


 今回の目的は明確だ。


 姫島で龍の卵を受け取り、金毘羅で錆びた裁ち鋏を浄め、八坂で抜けない日本刀を解放し、伊勢で龍の餌を授かる。


 すべて公共交通機関を使って回る。


「卵を持って電車に乗るのですね」


「ケースに入れたら旅行者や」


 アンナは既にスマートフォンで時刻表を確認している。新幹線、在来線、フェリー。無駄のない経路。


 異世界で商業ギルドと交渉している時と同じ顔だ。



 翌朝。


 私達は新幹線に揺られていた。


 車窓を流れる冬景色。整然と並ぶ住宅街。遠くに見える工場の煙。


 平和だ。


 だが私達の目的は、龍だ。



■ 姫島神社


 フェリーを降りた瞬間、潮の香りが広がる。


 島は静かで、観光客もまばらだ。


 参拝を終え、境内奥へ進むと、空気が変わった。


 そこにあった。


 丸い卵。


 バスケットボールほどの大きさ。


 淡い金の紋様が、ゆっくりと脈動している。


 私は膝をつき、両手で抱き上げた。


 ドクン。


 確かな鼓動。


「……生きてる」


「龍です」


 アンナの声はいつも通り冷静だが、瞳はわずかに柔らいでいる。


 卵を専用ケースへ収めた瞬間、周囲の空気が温かくなった。


 歓迎の気配。


 守れ、という意思。


 フェリーへ戻る道中、卵は何度か小さく震えた。


「神域に近づくほど反応が強まります」


「育つ準備やな」



 次は四国。


 石段の前に立った瞬間、私は苦笑した。


「長いな」



■ 金刀比羅宮


 息を整えながら上る。


 途中、重い気配を感じた。


 古びた箱。


 中にあるのは、錆びた裁ち鋏。


 赤黒い錆。触れなくても分かる負の蓄積。


「縁を断ちたい願いが、過剰に込められています」


 私は鋏を握る。


 冷たい。


 怒り。嫉妬。絶望。


「もうええ」


 静かに祈り、太陽の加護を流す。


 じわり、と錆が剥がれる。


 黒い靄が空気に溶ける。


 現れたのは、澄んだ銀の刃。


 軽い。


 本来の“整える道具”に戻った。


「奉納はしません」


 アンナが確認する。


「せえへん。これは使う」


 断ち切るためではない。


 絡まった縁を整え、正すために。


 布で丁寧に包み、バッグへ収める。



 京都へ。


 新幹線の中で、卵の鼓動が強くなる。



■ 八坂神社


 夜の境内。


 岩に突き刺さった日本刀。


 抜けない、と噂される一振り。


 私は柄を握る。


 拒絶。


 戦乱の記憶。


 血の匂い。


「終わっとる」


 光を流す。


 刀身が震える。


 ズ、と音を立てて抜けた。


 刃文が美しく浮かび上がる。


 怒りは消え、静かな気配だけが残る。


「眠りたかったのですね」


 私はゆっくり納刀する。


「これも持ち帰る」


「武器に?」


「守りや」


 戦の象徴だった刀は、守護の象徴へ変わる。


 奉納はしない。


 この刀は、これから守るためにある。



 最後の目的地。



■ 伊勢神宮


 宇治橋を渡った瞬間、卵が大きく震えた。


 外宮、内宮と丁寧に参拝する。


 額を下げた瞬間、強い光を感じた。


 声はない。


 だが確かな意思。


 掌に、温もり。


 小さな包み。


 開くと、金色の粒。


「龍の餌」


 卵に近づける。


 殻が透け、内側の小さな影が動く。


 粒が溶け、吸い込まれる。


 ぴし。


 細い亀裂が走る。


 だが、まだ孵らない。


「焦るな、ってことやな」


 アンナが頷く。



 帰路。


 電車に揺られながら、私はケースに手を置く。


 鼓動は穏やかだ。


 自宅へ戻り、鍵を回す。


 日常の音。


 テーブルに卵を置く。


 横に、浄めた裁ち鋏。


 そして日本刀。


 断絶を整える道具。


 戦を守りへ変えた刃。


 卵が、再び震える。


 亀裂が少し広がる。


 地球の普通の家の中で、龍が生まれようとしている。


 非日常は、特別な場所では起きない。


 玄関の鍵を回した、その先にあるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ