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台本通りの暗殺者  作者: 多幸
2章 依頼編
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10話 花守景

俺は、霊六が去ったあと、

霊六が住んでいたバー兼家へ向かった。

扉を開けると、

カラン、と鈴の音が鳴る。

店内には、紫の長髪を下ろし、紫のドレスを着た女――色香がいた。

カウンターの前で、

何かを軽く振り、

グラスへ液体を垂らしている。

「どうぞ……」

色香は、カウンターに座る男へ酒を差し出した。

男の口元から、よだれが垂れる。

それがグラスに落ちた瞬間――

ジュウ、と音がした。

グラスに穴が開き、

木製のカウンターまで溶け始める。

それでも男は驚かない。

瞬きすらしない。

……男というより。

ゾンビだ。

色香は、ゾンビに酒を出していた。

グラスが完全に溶け落ちると、

色香は、ふふ、と小さく笑った。

(……仲良くなったのかな)

目の前のゾンビも相変わらず

「ぐわぁ」としか言わないが、

なぜか会話しているように見える。

まるで――

霊六に切られたゾンビのように。

あれは、何だったんだろう。

「……あら、音鳴。帰ってきたのね」

色香がカウンターに肘をつきながら、俺を見る。

「霊六には、逃げられた」

単刀直入に告げる。

なにか言い忘れている気がしたが、思い出せない。

「霊六ねぇ……あなたが捕まえられないなら、相当の手練れらしいわね」

色香はあっさり言った。

「まあ、いいわ。目的は達したから」

「目的?」

「四つ葉のクローバーの男は、見つけたのよ」

「へぇ……」

頷きかけて、首を傾げる。

「……ん? 俺も見つけたけど、霊六に切られてたよ」

色香は、にこりと笑い、

カウンターの男を指した。

「だから、その切られたゾンビが前にいるでしょ」

「……え?」

ゾンビが、ゆっくりと俺のほうを向く。

ボロボロの服。

大量の血。

裂けた傷口が、はっきりと見える。

ゾンビは手を挙げた。

「ぐわぁ」

表情は変わらない。

でも、挨拶の気がした。

だから、俺も返した。

「ぐわぁ」

次の瞬間。

色香は、店中に響くほど笑い出した。

腹を抱え、肩を震わせ、涙まで浮かべている。

なぜ笑っているのか分からない。

でも、人が笑っているのを見ると、

なぜか少し嬉しくなる。

「あなたはそのまま変わらないでね、音鳴」

その笑顔は、優しかった。

※※

色香はゾンビの調査を続けていた。

手。

足。

胴。

一つひとつ、確かめるように触れる。

ゾンビは抵抗しない。

敵意がないと分かっているのかもしれない。

「これが霊六に切られた傷ね」

色香は傷口に触れ、

血を指に絡ませ、そのまま鼻へ運ぶ。

「……変な匂いがするわ」

「俺も匂いたい」

無言で差し出された指に、鼻を近づける。

「……ゾンビの血、花の香りがする」

一瞬の沈黙。

「……違うわ。それは、私の匂い」

「ぐわぁ」

ゾンビが相槌を打つように鳴いた。

俺が聴覚がいいように

色香は嗅覚が良かった

異能が関係しているのかもしれない

「……少し、薬品の匂いがするわね」

「ぐわぁ、ぐわぁ、ぐわぁ」

色香は顎に指を当てた。

「どうやら……当たりみたいね」

視線がゾンビへ向く。

「薬で男性はゾンビになる……なら、女性は?」

そのとき。

ゾンビがカウンターによだれを垂らし、何かを書き始めた。

ジュウ、と木が溶ける。

♣のマーク。

門のような絵。

門の奥で長方形の何かを食べる、髪の長い女。

そして――角のある人影。

色香は静かに呟く。

「……クラブ」 「……門」 「……女」 「……鬼」 「……長方形は……薬ね」

その言葉で、思い出した。

「結城小夜が羅生門にいるって」

「え?」

色香の表情が崩れる。

「なんで? 西本の家にいるはずなのに……」

そのとき。

ゾンビが急に外へ向かって動き出した。

さっきより速い。

「色香、面白ゾンビが出ていこうとしてるよ」

「止めて。そのゾンビは花守 景よ」

「え?」

俺は慌てて押し戻す。

ゾンビは必死に前へ進もうとする。

俺と相撲を取るみたいだった。

「へぇ、この人が花守 景かぁ」

「ゾンビみたいだね」

「……ゾンビ“みたい”じゃないわ。人が、薬でゾンビになるのよ」

色香の声は低い。

「花守 景ってなんでわかったの?」

「ネックレスを持っていたこと。小夜の名に反応したこと。服装……あとは、女の勘」

そして、小さく呟く。

「でも……なんで小夜が西本の家から出るの?」

色香は指を噛む。

余裕が、消えている。

「花守 景を探す依頼だったのに……薬物事件だったなんて」

「仕方ないわね」

色香は電話を取り出した。

「ボスに連絡するわ」

俺は状況がよく分からない。

でも、色香の余裕が消えている。

それだけは分かった。

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