11話 次の舞台へ
色香が、ボスに電話をしていた。
相手はボスだと分かっている。
声は冷静。
だが、その横顔は怒っているように見えた。
会話の内容は聞こえない。
「ええ……わかったわ」
「そうね」
「あなたに従うわ」
短い言葉だけが漏れる。
通話が切れた。
「音鳴、行くわよ」
色香はそれだけ言って、バーを出た。
俺もゾンビから手を離し、あとを追う。
外に出ると、夜風が冷たい。
車に乗り込む。
花守 景――ゾンビの姿で、こちらへ向かってくる。
だが、人間より遅い。
追いつくはずがなかった。
色香がエンジンをかける。
「ちょっとだけ待ってよ、色香」
俺は助手席から降り、ゾンビのもとへ向かった。
ゾンビは止まらない。
まっすぐ、俺に向かってくる。
きっと、ずっと追いかけてくる。
花守は特殊だ。
ゾンビに知能はないはずなのに。
でも――伝わる気がした。
「結城小夜って人は、俺が助けるから」
ゾンビは俺を見つめる。
「勇気を持って、ここで待っててよ」
少し照れくさくなる。
「……なんてね。面白いかな」
ゾンビは抱きついてきた。
ほかのゾンビと同じ動き。
でも、力は強くない。
優しかった。
「ぐわぁ……ぐわぁ……」
何度も言いながら、俺を離す。
そして、立ち止まった。
「いっていい?」
「ぐわぁ」
俺は車へ戻る。
振り返ると、ゾンビはずっとこちらを見ていた。
何度も、何度も、手を振っている。
言葉にならない何かを、伝えようとしているようだった。
ドアを閉めると、色香が聞いた。
「なんて言ったの?」
「俺が助けるって言ったら、止まった」
色香は少しだけ目を細める。
「……あなたを信頼してみてるのね」
小さく、呟いた。
「必ず、助けないとね」
俺は頷く。
車は走り出した。
廃れた歓楽街が、バックミラーの中で遠ざかっていく。
ゾンビは、最後まで手を振っていた。
何度も、何度も。
少し走ったあと、俺は聞いた。
「ボスと、何を話したの?」
色香は一瞬だけムッとした顔をした。
だが、すぐにため息をつき、穏やかな声で言った。
「男と女の、幼なじみの話よ。聞きたい?」
俺は頷く。
「男は歓楽街でバーを経営していた」
「女に見合う男になるため、大金持ちになる夢を見ていた」
「でも現実は、借金まみれ」
ハンドルを握る指に、少し力がこもる。
「どれだけ働いても、借金は減らなかった」
短い沈黙。
「だから男はバーを閉め、ある場所で働いた」
「この国最大の歓楽街にあるクラブ――羅生門」
「理由は単純。報酬が良かったから」
俺は黙って聞く。
「仕事は特殊だった」
「来店した女性をVIPルームに勧誘する。それだけ」
「それだけで、借金はみるみる減った」
色香の声が、わずかに低くなる。
「でも、男は逃げた」
「その後は浮浪者として生きた」
「ゴミを漁り、身を隠しながら」
「そんな中で――」
「幼なじみの女と再会した」
「彼女は、お嬢様のメイドだった」
「二人は姿を消した」
「借金を抱えたまま、二人で暮らし始めた」
色香の呼吸が浅くなる。
「男は、本気で幸せにするつもりだった」
「でも、過去が男を許さなかった」
「突然攫われ、薬を飲まされ、怪物になった」
「女は姿を消した男を探し、暗殺者に出会った」
少しだけ、色香は笑う。
「……それが、私に依頼するまでの話」
俺は首を傾げた。
「ネックレスの話、出てきてないね」
「あら、そうね」
「ネックレスは、結城のものじゃなかったわ」
「盗んだものだって。花守の借金を返すために」
「それは、だめだね」
「そうね」
色香はかすかに笑う。
「でも、恋人のためなら……何でもしてしまうものよ、、、たとえ間違っていたとしても」
鼓動が速くなっているのが、分かった。
色香は、前を見たまま言う。
「本当は、花守を見つけたら殺すつもりだったの」
「結城を騙していると思ったから」
「でも……」
声が揺れる。
「真実は、、、ゾンビになっても、愛してた」
目に涙が溜まる。
「悲劇だと思わない?」
「互いを思っているのに、会えないなんて」
「しかも男は――」
「人でなくなっても、女を忘れなかった」
歓楽街で見た、あの姿を思い出す。
何度も手を振っていた。
「だからね」
色香は小さく息を吸う。
「私は、この悲劇を――喜劇に変えたい」
「必ず、二人を再会させる」
「悲劇を喜劇に変える……」
俺は呟く。
「ボスの言葉だね」
色香がこちらを見る。
「音鳴」
「私に協力して。お願い」
涙が一筋、頬を伝った。
俺は即答した。
「俺も、ゾンビの喜ぶ姿が見たいよ」
色香は、くすりと笑う。
「そうね」
車は夜の道を走る。
俺は決めた。
何があっても、うまくいかせると。
「ボスに、薬喰を参加させるよう頼んだから」
「仲良くしてね」
「え? 薬喰……」
少しだけ、不安になる。
でも。
それでも、やるしかない。




