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台本通りの暗殺者  作者: 多幸
1章 誘拐編
16/30

間話1−2 血霧

亜嵐の顔が、ふっと曇った。

彼は黙って立ち上がる。

(……人の気配)

暗い廃墟の中。

右手に刀を握り、亜嵐は静かに歩き出した。

おかしい。

この廃墟に、人が来ることなどない。

森の奥深く、ぽつりと取り残された場所だ。

こんなところに現れるのは――

普通の人間ではない。

亜嵐は壁際に身体を寄せ、足音を殺す。

耳を澄まし、気配を探りながら進んでいく。

やがて、廃墟の中心。

天井の高い、静まり返った広い空間に出た――その瞬間。

ヒュッ――。

右から、風を切る音。

暗闇の中、何かが一直線に迫ってくる。

亜嵐は即座に反応した。

剣を構え、滑るように後退する。

――ザッ。

頬に、かすかな痛み。

赤い血が、一筋垂れた。

亜嵐は足を止め、

向かってきた方向を睨みながら、静かに剣を構える。

静寂の中、

刃を構えた金属音だけが、廃墟に響いた。

「ひひひ……」

ねっとりとした笑い声。

「素人くんのくせに、やるなぁ。褒めてあげるよ」

暗闇の奥から、ゆっくりと人影が現れる。

黒い長髪。

黒のパンクジャケット。

首元には、じゃらじゃらとしたアクセサリー。

髪で顔の半分は隠れているが、

口元だけで分かる――余裕の笑み。

「誰かな、君?」

亜嵐が静かに問いかける。

「暗殺者だ。プロの中のプロのなぁ」

男は肩をすくめ、楽しそうに続けた。

「ひひひ……お前暗殺者から嫌われてるぜ?

 素人くんのくせに調子に乗った罰、だろうなぁ」

「……君に、僕は何かしたかな」

「ひひひ、俺はただの仕事だ」

男の目が、いやらしく細まる。

「面白いよなぁ?

 暗殺者が、暗殺者を雇うんだぜ?」

「俺みたいなプロならともかく、

 低レベルな暗殺者は困るってもんだ」

沈黙。

男の口角が、さらに吊り上がる。

「でもなぁ……

 一番困るのは、調子に乗った素人だと思わねぇか?」

男の視線が、亜嵐を射抜く。

「――千草亜嵐」

次の瞬間。

ズルリ、と音を立てて、

男の長い髪が異様に伸びた。

鞭のようにしなり、亜嵐へ襲いかかる。

亜嵐はその場で、首をわずかに傾けただけだった。

髪は、彼のすぐ横をすり抜け――

背後の柱を、深々と貫いた。

「……君、自信があるんだね」

亜嵐は、剣を下げないまま言う。

「僕が勝ったら……帰ってくれるかな」

「ひひひ……冗談もほどほどにしろよ」

男の声が、廃墟に響く。

「素人がぁ」

暗闇の中、

二人の視線が、静かに噛み合った。


バコン――。

廃墟の中に、破壊音が鳴り響く。

黒い長髪の男――

暗殺ギルド所属の暗殺者、億舵鉄心。

その髪が異様に伸び、刃のようにしなって亜嵐を襲っていた。

亜嵐は走る。

柱を盾にしながら、億舵の周囲を回る。

伸びた髪が柱に突き刺さり、

石が砕け、粉塵が舞う。

「ひひひ……いいねぇ。素人くんにしちゃ、頑張ってる方だぞ」

億舵の声は、終始楽しげだった。

「俺の髪はな、岩を貫く刃になるんだぜ?

 お前の身体なんて、簡単に串刺しだ」

「しっかり隠れろ。しっかり怯えろ」

全身の体毛を硬化・伸縮させる。

それが、億舵の異能。

「ひひひ……これが素人とプロの違いだ」

笑い声と同時に、柱が次々と破壊されていく。

その中で――

亜嵐は、静かに億舵を狙っていた。

背後。

亜嵐が、一気に踏み込み、剣を振りかざす。

――だが。

億舵は振り向かない。

髪が、勝手に動いた。

ガンッ。

伸びた髪が、亜嵐の剣を正確に受け止める。

「ひひひ……いいねぇ。もっと工夫しろよ」

「弱者は、弱者らしくなぁ」

その言葉と同時に、

髪がさらに伸び、亜嵐を剣ごと包み込もうとする。

亜嵐は即座に後退した。

「君さ……」

距離を取りながら、亜嵐が言う。

「余裕そうだけどさ。

 僕が本気でやってない可能性、考えないの?」

「はぁ?」

億舵は、薄く笑った。

「素人くんが、何言ってんだ」

「そうかい」

亜嵐は、剣を逆手に持ち替え、

刃を地面へ向けた。

「じゃあ――」

静かに、告げる。

「吸え、亜飲」

甲高い音。

刀が脈打ち、異様に膨れ上がる。

血を吸い、

はち切れそうなほど肥大化し――

――バンッ。

破裂音とともに、

赤い霧が廃墟全体を包み込んだ。

「……はぁ?」

億舵は、視界を失う。

「じゃあ、第二ラウンド開始だ」

霧の中から、亜嵐の声。

「君、さっき僕のことを弱者って言ったよね」

声が、近い。

「僕は自分を弱者だと思わないけど……

 もし僕より君が弱かったら」

「その場合、君が弱者なのかなぁ」

億舵が舌打ちし、

無差別に髪を全方向へ伸ばす。

柱が砕ける音が、連続して響く。

その瞬間――

「君は、もっと工夫したほうがいい」

耳元で、声。

次の瞬間。

ドンッ。

妖刀が、億舵の腹へ叩き込まれた。

衝撃で、億舵の身体が吹き飛ぶ。

柱を突き破り、

壁に叩きつけられる。

「――ぐはっ……!」

血を吐き、息が荒れる。

だが――

胴体は、切られていない。

壁にもたれながら、億舵は呟いた。

「……峰打ち、か。なめやがって……」

立ち上がろうとした、その瞬間。

亜嵐の刃が、首元にかかる。

「どうだい」

静かな声。

「弱者の気分は」

「てめぇ……!」

怒鳴ろうとした億舵の身体が、

突然、震え出す。

血を失ったように顔が青くなり、

そのまま――意識を失った。

亜嵐は、刀を静かに収める。

「……ふう」

廃墟を見渡し、小さく呟いた。

「ここも、離れたほうがよさそうだね」

そのまま、亜嵐は背を向け、

静かに廃墟を後にした。



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