復讐の第一歩
シズクとシノブ・・・姉弟は迷いなく走った。
白狸の"ゆきたん"も後を追い・・最終的にはシズクの袖にしがみつく。
先日・・マツウラ外記とキリヤ左衛門尉の子らを手玉に取るため女装していた弟も、今は違う。
完全武装の姿で、片手には血を吸った太刀を握りしめていた。
オキタ・ソウジロウほどではないが、弟シノブは十分すぎるほどの使い手なのだ。
姉を牢屋から連れ出し・・地上に出るべくかけ走る。
だが・・簡単に脱出できようはずはない。
すでに警報が鳴り響き、
獄牢を守る牢衛たちが、慌ただしく動き出していた。
「カチコミだ!」「襲撃だ!」「気おつけろ! 敵の人数が分かっていない」
怒号が飛び交い、通路の空気が一気にざわつく。
牢衛たちの足音が重なり、地下の牢獄全体が、わずかに震えた。
そして・・シズクたちの正面に、最初の敵影が姿を現した瞬間!
小さかった"ゆきたん"の身体が、
みるみるうちに・・・膨れ上がっていく!
毛並みが逆立ち、その影が長く伸びる。
そして、白狸の身体は、人間ほどの巨体へと変じたのだ。
さすがの式神である!
巨大化した"ゆきたん"が、地を割るような勢いで一歩踏み込んだ・・その瞬間、太い腕がしなり、空気が悲鳴を上げる!
振り抜かれたストレートパンチは、もはや"拳"ではなく、まるで質量兵器!
ズドォォン・・・
鈍い衝撃音が、鉄製の廊下に響き渡る
牢衛の身体は、壊れた人形のように宙を舞い、壁へ叩きつけられた。
可哀そうな牢衛は白目をむいたまま、ずるりと崩れ落ちる。
まず一人目の犠牲者!
人間サイズとなった"ゆきたん"は、くるりと振り向き・・腕を持ち上げ、ガッツポーズをシズクたちに見せつけた。
「うちにまかせるっす」
「すごい! やるねぇぇ」
そして・・次なる二人目の不幸な犠牲者は、シズクが行使する仙術のターゲットとなった。
シズクの指先がわずかに震えた瞬間・・・
周囲の空気がきしむように圧縮され、見えない拳となって前方へ走る。
遠隔作用する念力・・エアーストレートパンチ!
それは音もなく牢衛の胸元に直撃し、男は苦悶の声を上げる暇もなく、地面へ叩きつけられた。
白目をむいたまま、動かない。
静寂の中、シズクは軽く拳を握りしめる。
「私も負けられないね」
そのガッツポーズは、ゆきたんに負けないくらい力強かった。
それに対して・・弟シノブは親指を自分に指し示し、勢いよく一歩前に進む。
「次は・・・僕に任せて。道を開けるからさ」
弟はやる気満々だ。好戦的な性格もあるだろう。
だが、姉シズクは横目で弟を見やり、そっと首を振った。
その仕草には、静かな決意が宿っていた。
・・・これ以上、弟を戦わせたくなかったからだ。
ここへ来るまでに、弟はすでに多くの血を浴びている。
太刀を抜けば、どうしても手加減は効かない。
仇でもない者まで斬ってしまえば、いらぬ恨みを買うだけだ。
そんな思考が・・胸をよぎった瞬間、弟はまるで以心伝心のように反論してきた。
「僕は、やたらと斬ってないよ。ほとんど峰打ちだし・・まあ、ここに来る途中で、仇の一人・・キリヤ派閥の奴がうろついていたから、すぐに首をはね飛ばしたけどね」
さらりと言うが、内容は重い。シズクは一瞬驚き、そしてどこか感心した。
弟もちゃんと考えている。いや、考えていて、あたりまえなのだけど・・
弟シノブは太刀の柄を軽く叩き、振り返る。
「じゃ。僕が先頭にいくね。ねーちゃんは後ろからついてきて」
「ええ・・任せるわ! できるだけ穏便にね」
弟シノブは・・その言葉どおり、峰打ちだけで牢衛を次々と排しながら、迷いなく通路を突き進んでいく。
できるだけ人斬りは避けているようで・・シズクは胸をなでおろした。
弟が・・辻斬魔、または・切り裂きシノブになってほしくないからだ。
・・・だが、その先。
通路がふいに開け、広い空間が姿を現す。
そこには、十数の蠢く影。
牢衛たちを従え、ひとりの若者が前へ歩み出てきた。
その顔は、忘れようにも忘れられない。
憎きキリヤ左衛門尉の血筋・・・正確には、左衛門尉の次男"シュウジ"なのだ。
ゆきたんの尾が、わずかに逆立った。
シズクの胸に、冷たい怒りが灯る。
因縁が、ついに目の前に現れたのだ。
彼は若き青年。見た目もよい。
もし仇でなければ、好意すら抱けたかもしれない。
だが今は違う。奴は敵だ。敵の親族、倒すべき仇なのだ。穏便に済ますことはできない。
シズクは即座に式札を取り出し・・指で印を切った。
それは・・あまりにも素早い動き!
仇の男は驚き、慌てて柄を握る。
「・・・シズクの姫君。待て・・!」
だが・・待たない!
仇に言葉は必要ないのだ。
言葉を発すれば躊躇してしまうだろう。
戦いに"情"は必要ない。
シズクが発動した仙術のひとつ"仙火"が、ターゲットへとほとばしる。
紅蓮の火線が走り、憎き仇・キリヤ左衛門尉の次男シュウジへ直撃!
その瞬間、叫び声とともに炎が彼の身体を包み込んだ。
燃え上がる光が通路を照らし、影が揺れる。
その刹那・・・
弟シノブの一太刀が閃いた。
「覚悟!」
低く、短く、迷いのない声。
刃が走り、炎に包まれた影を断ち切る。
跳ね上がる鮮血。
首は宙を描き、胴は力を失って地へ崩れ落ちた。
すべてが一瞬の出来事だった。
反論・・いや、反撃の余地すら与えない。
シズク、シノブは・・この点において非情なのだ。
その惨烈な光景を目にした牢衛たちは、一瞬で戦意を失った。
彼らは蜘蛛の子を散らすように四方へ逃げ出す。
叫び声すら上げられない者もいる。
彼らは士族ではない。
覚悟を決めて死地に立つ訓練など受けていないのだ。
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




