状況の始まり
五稜郭の地下、鉄壁に囲まれた牢屋の片隅で・・・
ある種の傀儡を利用し、子供のこずかいをピンハネして手に入れた・・珍しい食べ物をシズクは、期待を込めてひと口かじり、そして・・瞳がぱっと輝いた。
「これ、うまい。京の町でも食べたことない味。
さすが月面ね! 美味しいものがたくさんある」
その満足げな表情に、白狸の"ゆきたん"は胸をなでおろす。
そして主に倣い、ゆきたんもまた"異国の謎・食べ物"へ手を伸ばした。
それはエンゲストと呼ばれる国の、"パン"と"肉"を強引に合体させた謎のファーストフード。
ゆきたんは一口かじり、目を丸くする。
「な、なんすかこれっす・・・!
パンが肉に挟まってるっす! タレも不思議な感触、でも、うまいっす!」
式神であろうと、"ゆきたん"は食事をするのだ。
味覚も人間・・いや、狸と同じ。
しかもパクパク・・大口で食べまくる。おいしそうに食べる。
シズクはくすりと笑い、謎食品をもうひとつ口に運ぶ。
「味付けはかなり濃いが・・でも、これが異国の味ってやつなのね」
口元に小さな笑みを浮かべ、その濃厚な味を洗い流すべく、
同じ店で買った"黒い飲み物"を口に流し込むと・・・
次の瞬間、シズクは盛大に吹き出した。
ブハッッッツアァァァ・・・姫君とは思えないほどの豪快な垂れ流し!
「なっなっなっ・・なにこれ!?
謎のシュワシュワ! 薬品みたいな匂い!
向こうの人間はこんな物を飲んでるの〜!?」
そして、ゆきたんも同じく味見して吹き出した。
「あっああ・・っす! これは"炭酸"とかいう、向こうの国で流行ってる飲み物らしいっすよ」
「これは・・いただけないわね。刺激が強すぎる!」
「子供向けのお酒ってところっすかね」
「あっあっ〜 なるほどね。甘いし・・確かに、お酒っぽいわ」
「でもっす、こんなのを"お神酒"にされったら・・日の本の神さん、暴れますっすよ」
「あはっ、それは言えてるわね・・ふふっ! まちがいなく吹き出すわね!」
「うちの口も・・いまも泡っす・・吹き出てるっす」
「わたしもよ・・・!」
日本の裏側、異国エンゲストの味は強烈で、刺激的・・・そして、どこか楽しい。
そんな奇妙な楽しさを、シズクたちが満喫していると、この鉄の牢屋に近づく足音がした。
コツ、コツ、コツ、コツ・・・
この時間帯に人が来るはずがない。
食事時間でもない。
しかも、この足音は訓練された者の歩調。
食事係のものではないね。
シズクの背筋に冷たいものが走った。
ちっ! しまった・・・
はしゃぎすぎたか!?
この牢屋は鉄壁で囲まれている。
だが・・監視されている可能性を、完全に忘れていた。
足音は止まらない。
ゆきたんの耳もぴくりと動く。
シズクは息を呑み、低く呟いた。
「バレたか!?」
次の瞬間・・・
鉄の扉が唸るように開き・・・冷たい空気が流れ込む。
そして、シズクは・・一つの影を目撃した。
手には血塗られた太刀。
衣は返り血で赤く染まり、鉄の匂いが空気を濁らせる。
そして・・聞き慣れた声が響いた。
「おっおっ
ねーさん。やっぱりここにいたか!」
「シノブ!」
そこに立つのは、女装でも偽装でもない。ちゃんとした士族の姿(あさぎ色の羽織)・・
完全武装の"弟"のシノブだった。
しかも血のり付き! ここにくるまでかなりの激戦をしたのだろう。
これは・・かなりの騒ぎになっているに違いない。
シノブは血の匂いをまとったまま、静かに告げる。
「あれはやっぱし・・シズクねーちゃんの式神だったのだね!
僕は式神の気配を追って、ここまで来たんだ」
その声音は落ち着いていたが、奥底に燃えるものがあった。
シズクほどではないにせよ・・・弟シノブもまた、仙術の才を持っていたのだ。
式神"ゆきたん"は確かに・・姿を消していた。
だが・・その気配、波動までは消しきれていない。
彼は・・そのわずかな残滓をたどり、こうして牢までたどり着いたというわけだ。
弟シノブは牢を一瞥し、白狸の式神と目を合わせて軽く会釈する。
その仕草は、激戦中とは思えないほど静かで礼儀正しい。
そして・・・軽く肩をすくめて言った。
「ということで! ねーさん・・助けに来たよ・・と言いたいところだが、その調子ならいつでも脱出できそうだったよね。無駄足だったかな」
手にもっているファーストフードを口に押し込めて、ちょっと気まずいのか・・シズクは笑ってごまかす。
それにしても予想外の展開・・当分、鉄の牢屋の中にいる予定だったが・・急遽の変更が必要だろう。
弟が助けに来てくれたのだ。ついていくしかない。
「まぁ・・ね! でも助けに来てくれて・・ありがとう」
「うん、とりあえず急ごう。警備兵が来る前に・・」
「そうだね!」
即座に、二人の影は動き出した。
弟シノブは・・この地下牢屋に強攻突入してきたのだ。
ぐずぐずしていれば、せっかく開いた脱出の隙を失ってしまう。
三つの影・・二人と一匹は、狭い通路を走り、石段を一気に駆け上がる。
できるだけ戦いは避けたい。
ここにいる警備の者たちは敵ではない。私たちの仇でもないのだ。
「それにしても、まさか今日という日に脱走するとは思わなかったわ。
すべては成り行き。なるようになるものよ」
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




