ゆきたん
慶応四年。
明治維新政府・東征大総督府は、幾度にも及ぶ交渉の末(サイゴウとヤマオカの会談)・・・ついに江戸の無血開城を実現させた。
長く続いた争いのひとつが、静かに幕を閉じる・・・はずだった。
だが、その決着に異を唱える者がいた。
幕府宙軍総裁・エノモトである。
彼は降伏を潔しとせず、宙軍艦隊を掌握すると、新たなる"征宙大将軍"を擁立。
幕府への忠誠を貫く同志たちを率い、江戸を脱出した。
向かう先は、月面に築かれた幕府直轄領ー五稜郭。
蒼白き光が照らす要塞に彼らは立て籠もり、真空なる月面にて最後の抵抗を示すのだ。
「いつでも来るがよい、賊軍どもよ!
将軍家の炎は永遠不滅・・・誰も消せはしないのだ。
最後に笑う者は我らのみ」
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長い黒髪は深紅の髪飾りで束ねられ、
その艶やかな姿は、闇の中に立つ影をいっそう際立たせていた。
白く透き通る肌には淡い紅がほんのりと差し、
気品と若さ・・そして鋭い眼光が、見る者の心を一瞬で黙らせる。
年齢は数えで二十歳前後。トキワノアマノ・シズク
彼女は、いまや月城・五稜郭の奥深くに囚われの身となっていた。
その理由として語られたのは、父・マキビ参議への疑惑。
明治維新政府と密かに通じ、五稜郭の内部情報を流したという嫌疑。
だが実際には・・・
五稜郭内部で渦巻く派閥争いの中、マツウラ外記、あるいは キリヤ左衛門尉によって
罪を捏造され、処刑へと追い込まれたのだ。
公方様は幼いゆえに仕方がないとはいえ、
この五稜郭を束ねるエノモト総裁は見て見ぬ振りをしたのだ。なんと許せぬ行為!
そして、処刑されたマキビ参議の娘・シズク姫も、連座の名のもとに捕らえられ、五稜郭の奥深くに幽閉されてしまったのである。
胸の奥で、彼女は静かに呟く。
「マツウラ外記に・・キリヤ左衛門尉! 絶対に許さない・・・それにエノモト総裁も同罪!」
その言葉は、かすかな声でありながら、
復讐の誓いとして魂に刻まれていく。
静寂に沈む鉄の牢屋。
冷たい壁が、彼女の怒りを吸い込み、反響させる。
やがてその怒りは、ひとつの決意へと形を変えていった。
まずは脱出だ。そして・・復讐!
そのためにも、仙術を鍛え上げなければならない。
この鉄の檻を打ち砕くほどの力を、自らの手で掴み取るのだ。
シズクはゆっくりと目を閉じた。
闇の中で、彼女の魂が静かに、しかし確実に研ぎ澄まされていく。
復讐の炎と仙術の力が、ひとつに溶け合い始めていた。
シズクが囚われている・・この牢獄は、四方を鉄壁に囲まれているとはいえ、
どこからか監視されている可能性がある。
いや、間違いない。
この場所は常に誰かの視線にさらされているのだ。
それゆえに・・高度な仙術を使うことはできない。
出来ることは、せいぜい念力・・・手を使わず、軽めのものを動かす程度の訓練だけだ。
それでも、これはかなりの鍛錬になる。
剣士が毎朝、黙々と素振りを重ねるように、仙術士は毎朝、念力を行使して力を磨く。
そう、自分の秘術や高度な技を、敵に悟らせるわけにはいかないのだ。
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シズクが操るは仙術・・・それは陰陽道の一系統。
発動には式札が欠かせないが、
彼女はその式札を衣装の内側・・袖、帯、裾、縫い目の奥にまで巧妙に仕込んでいた。
手持ちは十分。
もし尽きたとしても、この牢に並ぶ本棚の書物を破り、式札として代用すればよいだけのこと。
式札不足など、当分はあり得ない。
「ふっ・・・ふふふふふ」
喉の奥で笑いを殺しながら、シズクは部屋の隅へと身を滑らせた。
ベッドと壁のわずかな隙間・・・誰の視線も届かない小さな空間。
彼女はそこへ式札を一枚そっと差し込み、指先をわずかに動かして静かに印を結んだ。
それは、仙術・・・
いや、陰陽道における式神の召喚であり・・彼女にとっての"お友達"を呼び出す、いつもの儀式になるはずだった。
そう、本来なら呼べるはずだったのだ。いつもなら呼び出せたのだ!
だが今は・・呼び出せない。
この五稜郭に来てから、全く音信不通。
何度試しても、沈黙したまま・・・
理由は分からない。
この地が、地球と地続きではない閉鎖された世界だからなのか!?
それとも、単純に距離が遠すぎるのか?!
それでも彼女は諦めなかった。
何度も、何度も試した。
しかし結果はいつも同じ・・・
式神は現れず、虚空だけが広がる。
だが、今回だけは・・違うのだ。
鉄の牢屋に閉じ込められ、
ただ時間だけが過ぎていく日々の中で、シズクは念力の訓練を繰り返した。何度も何度も繰り返した!
そしてついに、
地球から届く仙術波動の"微かな揺らぎ"を、感じ取れるようになったのだ。
ゆえに、今回は成功する。
彼女は確信していた。
「・・来る。これは・・繋がった」
その瞬間、目前の空間が、ゆらりと揺れた。
波紋のように、静かにゆっくりと振動する。
空気が歪み、光が滲み、影が形を成す。
そして・・現れた。
白い毛並みをふわりと揺らしながら、
ぽん、と跳ねるように姿を見せたのは・・・手のひらサイズの白狸。
地球で幾度も呼び出してきた、シズクにとって唯一無二の友達なのだ。
「・・来たね・・ゆきたん。本当に・・よかった。おひさしぶり♡」
声が震えた。
シズクの瞳に涙が滲む。
だが、彼女はすぐにそれを指で拭い、何事もなかったかのように表情を整えた。
泣くなんて、かっこ悪い。そう思ったからだ。
しかし白狸は、そんな彼女の指を
ちいさな両手でぎゅっと掴んだ。
その仕草は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも優しい。
「ぽん! 姫ちゃん! 無事っすか!?
誰かにひどいことされてるなら・・うちが全部、ぶっ飛ばすっす!」
その勢い、必死さ、守るという気持ちが胸に響いた瞬間、シズクは思わず肩をすくめて苦笑したと同時に、こらえていた涙がひとすじ頬を伝う
「あっあっ・・ありがとう。でも、声が大きいよ。
静かにね、ゆきたん」
「す、すまんっす! 気をつけるっす!」
"ゆきたん"と呼ばれる白狸は、
その小さな体からは想像できないほど頼もしく、そして不思議なほど温かい存在だった。
閉ざされた鉄の牢屋に満ちていた冷たい空気は、一瞬で和らぎ、光が差し込んだかのように明るくなった。
シズクは、ほんの少しだけ息をつく。
孤独に凍りついていた心が、
ゆきたんの温もりでゆっくりと溶けていく。
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




