呪殺
吹き飛ばされたキリヤ左衛門尉の身体は、そのまま巨大水槽へと激突した。
鈍い衝撃音が白いドーム内に響き渡る。
地面へ崩れ落ちた左衛門尉は、苦悶の声を漏らしながら激しくのたうち回ったのだ。
「ぐっ・・がぁぁっ! うあぁぁぅぅっ」
その姿は異様だった。
髪は乱れ、肌はみるみる黒ずみ、不気味な変色が全身へと広がっていく。
だが、彼を襲っているのは単なる打撲や骨折の痛みではないだろう。
おそらくは・・水槽の中で"ぷかぷか"浮かぶ異星人由来の忌まわしき呪い!
身体が水槽に触れたことにより発動したと思われる。
シズクすら苦しめた恐るべき呪詛が、いまキリヤ左衛門尉の肉体を容赦なく蝕んでいるのだ。
だが、キリヤ左衛門尉はシズクとは違う。
彼には陰陽師としての能力がない。
呪いに抗う術もなければ、侵食を食い止める力もないのだ。
黒い呪詛はすでに全身へと広がり始めていた。
肌は不気味な闇の色に染まり、その勢いは止まる気配すら見せない。
この男は、異星人の呪いに完全に捕らわれている。
そして、その姿を見つめるシズクの目には、すでに結末が見えていた。
"・・・・・手遅れ!"
もはや覆しようのない運命。
その確信が、彼女の胸に渦巻く暗い感情をさらに膨れ上がらせる。
「そうだ! ・・もっとのたうち回れ! 苦しめ! 苦しめ!」
低く吐き出された呪詛のような言葉が響き渡った。
父の仇を前にしたシズクの心は、憎悪と復讐の闇に染まっていたのだ。
だが、その声は左衛門尉には届いていない。
いや、届いたとしても反応などできなかっただろう。
全身を蝕む激痛に支配された左衛門尉は・・地面を掻きむしり、身体を折り曲げ、ただ無様に転がり回る。
苦悶の声だけが途切れることなく響き、もはや武人としての威厳も冷静さも残されてはいなかった。
その様子を、シズクはただ静かに眺めていたが・・・
そのうち飽きたのか、何事もないように茶の支度を始める。
湯気の立つ茶をすすり、菓子を一口。
まるで茶会の余興でも眺めているかのような、優雅で冷ややかな振る舞いだった。
もし千利休がこの光景を見れば烈火のごとく怒り、
古田織部でさえ「さすがに趣向が過ぎる」と言って退席するだろう。
それほど異様で、常軌を逸した静けさがそこにはあった。
その横で、弟シノブは完全にドン引き!
オキタ・ソウジロウも同じく、目を丸くしてドン引き!
「ねーちゃん!」「シズク姫・・・」
のたうち回り、今にも息絶えそうな左衛門尉を前にしても、
シズクの態度は終始変わらない。
お茶を飲み・・菓子を口に入れ微笑をたたえる。
ただし・・その眼光だけは鋭く、冷たい光を宿していた。
左衛門尉の家臣たちは、弟シノブの放つ威圧に押しつぶされ、身動きが取れない。
顔は青ざめ、膝は震え、それでも主を助けようと・・気力だけで前へ出ようとした。
だが・・・その一歩を、シズクの念動力が封じた。
「無駄よ! あなた方は・・主の最後を見てなさい」
冷ややかに告げるシズク。
その声は、氷のように静かで、逃げ道を完全に断ち切る響きを持っていた。
家臣たちの足は、見えない力で地面に縫い付けられ動けないのだ。
踏み出そうとするたびに、足裏が地面に吸い付くように固定され、まるで地面そのものの一部になったかのように・・
「・・・なんてことを!」「左衛門尉様!」
家臣たちの叫びが、白きホールに虚しくこだまする。
助けることも、駆け寄ることもできない。
ただ主の最期を見届けるしかなかった。
やがて・・・キリヤ左衛門尉の肌は黒く変色し、髪は抜け落ち、顔の原型すら判別できない"何か"へと変わってしまっていた。
地面に横たわるその姿は、もはや人ではなく、ただの物体となる。
もう動かない。息もない。ただの肉の塊・・・
シズクとシノブにとっての復讐・・父の仇の一人がここで果てたのである。
家臣たちは、その惨状を前に声を失っていた。
シズクの念動力と、弟シノブの圧倒的な威圧によって、身体は完全に拘束され、ただ立ち尽くすしかなかった。
どれほどの時間が過ぎたのだろうか。
ようやく術が解け、家臣たちの身体に自由が戻った。
彼らは一斉に駆け出し、主君・左衛門尉のもとへと向かったが、やはり手遅れであった。
見るもむざんな姿となって地面に横たわっていたのである。
そして・・そこには、シズク姫も、シノブ侍従も、オキタ・ソウジロウも・・
つい先ほどまで凄絶な気配を放っていた三人は、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消えさっていた。
広いホールに残されたのは、動揺を隠せない家臣たちと、
静かに横たわる左衛門尉の骸だけ。
冷えた空気が、ゆっくりと場を満たしていく。
誰も言葉を発せず、ただその静寂だけが・・・
いつまでも、広いホールに残り続けていた。
-*- - - - - - *-
シズクは、異星人の呪いと共に、その記憶を受け継いでいた。
銀河の放浪者(イグヌス=ヴァスル)と名乗る彼らの記憶は、この古代異星人遺跡の構造そのものを彼女に伝えていたのである。
ゆえにシズクは知っていた。
この地下遺跡の奥深くに、誰にも知られていない秘密の通路が存在することを・・
そして今、一行はその隠し通路へと足を踏み入れていた。
この道を知る者はシズクだけ。
少なくとも当分の間、追っ手が現れる心配はないだろう。
薄暗い通路を先頭で進むシズク。
その後ろには弟のシノブ。
さらに白狸の"ゆきたん"が軽やかな足取りで続いている。
そして何故か、そのまた後ろにはジロウ君 (オキタ・ソウジロウ)の姿まであった。
雇い主であったキリヤ左衛門尉に逆らい、さらに、その死を見届けてしまった以上、今さら戻る場所などないということなのか。
あるいは友情か。
それとも単なる気まぐれか。
もしかすると、ただ面白そうだからついてきただけなのかもしれない。
だが一つだけ確かなことがある。
この一行の中で、最も楽しそうにしているのは間違いなくジロウ君だった。
そう、いつもの冷静な彼とは違い・・今はどこか浮かれ気味で、その表情からは懐かしい仲間たちと再び肩を並べる喜びがにじみ出ていた。
「あっああ・・いいねぇ、この顔ぶれ!」
オキタ・ソウジロウは、珍しく満面の笑みを浮かべていた。
「シズク姫にシノブ君、ゆきたん・・そして俺か。こんな面子で肩を並べるなんて、大江山の鬼退治以来じゃないか!?」
その瞳は今、目の前にある景色ではなく、遠い過去を見つめているようだった。
血沸き肉躍る戦いの日々。
仲間たちと共に駆け抜けた、あの懐かしい時間を・・・
「ふふっ そうだったわね」
シズクも小さく笑みを浮かべる。
そして懐かしむように目を細めながら言った。
「あの時のジロウ君ったら、鬼退治だっていうのに妙に、はしゃいでいたっけ」
するとジロウ君は照れ隠しのように肩をすくめた。
「仕方ないさ!
そう・・・あの頃は今より、生きているという実感があったんだ。
鬼を退治すれば感謝される。京へ戻れば、人々が歓声で迎えてくれる。
まるで桃太郎にでもなった気分だったよ!!」
どこか自嘲気味に語るジロウ君に対して・・・被せるように言い放つ弟シノブ。
「わかる! わかるよ、それ!
鬼退治って、なんだか英雄譚の主人公になったみたいで楽しいんだよね! 男のロマンじゃん! 僕もあの頃は浮かれてたよ」
「だろう!? そう、あの頃は俺も若かったよ」
しみじみ呟くジロウ君。
だが、その言葉に弟シノブが首をかしげた。
「いや! ジロウ君は、今でも若いよね」
「あっ!」
一拍置いたのちに・・・「俺、そういやシズク姫と変わらない年齢だった。若いのか!?」
「なに、どういうこと!?」
シズクの声が低く響いた。
その瞬間・・・場の空気が凍りつく。
ピキッ!
何かがひび割れるような音が聞こえた気がした。
もちろん気のせいである。たぶん。
シズクはにっこりと笑った。実に可憐な笑顔だった。
しかし額には青筋が浮いている。
そして・・弟シノブとジロウ君は・・・ビビったw
「ちょっと待ちなさいよ。
その流れだと、まるで私が年寄りみたいじゃないの
まだ二十歳なんだけど!!」
二人の男性(一人は男の巫女姫の弟)の目前に立ち上がった恐るべき鬼神を見たとか見なかったとか!?
-------------------- To Be Continued ヾ(^Д^ヾ)




