第二章 真夜中の狩り③
(……承諾しちまったよ……)
その時、ラグは渋面を浮かべていた。
両腕には縄を。今は後ろ向きの体勢で青年の肩に担がれている。
青年が動くたびに、ラグの小さな体も上下する。
今のラグの姿は間違いなく捕虜だった。
万が一団員に目撃されても誤解はない。そのことにラグは少し安堵していた。奴らへの恐怖はまだ乗り越えられそうになかった。
(……情けねえ)
ただ、この決断も勇気が必要でなかった訳ではない。
なにせ、見知らぬ男に体を拘束されて持ち運びされているのだ。当たり前だが逃げることは出来ない。このままどこかに攫われて手籠めにされる可能性もあった。
(……ううゥ)
ラグは内心で呻いた。
つい先ほど経験したばかりの最悪の記憶が脳裏によぎる。
本当に悪夢のような記憶だ。
けれど、彼の場合、同じ状況を想像しても何故か嫌悪感を抱かなかった。
そんなことをする人じゃないという確信めいた気持ちがあるからだろうか。
ただ、色々と考えるたびに、胸の奥がきゅうっと鳴るのも不思議だった。
(さっきから何なんだ? これ?)
自分の胸元に目をやり、眉をひそめるラグ。
すると、
「ああ、そういえばまだ俺の名前を言ってなかったな」
おもむろに、青年がラグに話しかけてきた。
「俺の名はユージンだ。ユージン=アサルト。魔獣狩りをしている」
「……オレの名前はラグだ」
ラグは少し躊躇いつつも自分の名前を答えた。
「家名はねえ。今は十三で、十の頃から奴らに斥候として使われてる」
「……そうか」ユージンは瞳を細めた。
「その話は後で色々と聞こう。いや、尋問になるのか」
「……そうだな。オレは捕虜なんだし」
ラグの自嘲のような言葉に、ユージンは苦笑を浮かべつつ、
「もうじき俺の愛機が見えるはずだ。もうしばらく我慢してくれ」
そう告げて歩き続ける。
そうして一分ほど歩いたところで、
「ああ。見えてきたぞ」
ユージンがそう告げた。ラグは「そうなのか」と言って、体を少し傾けながらユージンの体をよじ登り、その左肩に両手を置いた。ユージンは彼女の足を支える。これで少しだけラグも前が見ることが出来るようになった。
そこにあったのは確かに精霊機兵だった。
両膝を突いて待機するその姿は、標準よりもやや大型であり、後部にキャビンのようなものを背負っている変わった機体だった。
ただ、それを見て、ラグは「え?」と目を瞬かせた。
何故なら、そこにあったのが精霊機兵一機だけだったからだ。
それを運搬するための旅団車両はどこにもなかった。
「あれ? 旅団車両はどこだよ?」
「ん? ああ、俺の愛機はそれも兼ねているんだよ」
ユージンはそう告げると、ネコのように肩に乗っかるラグを連れたまま、愛機の後部キャビンから降ろされている長い階段を昇っていった。
後部キャビンの装甲の一部が縦に開口して、それが階段になっていた。
「後部キャビンに生活設備があるんだ。快適だぞ。自慢の家なんだ」
階段を昇りながら、ユージンが愛妻の傑作を自慢げに語る。
「え? マジで?」
それに対して、肩に乗るラグは半信半疑だった。
狭い、臭い、息苦しい。男所帯だったこともあるだろうが、旅団車両の悪辣な環境を知るだけに、生活設備が快適だと言われても胡散臭かった。
ややあって、ユージンは階段を昇りきる。二人の前には鋼鉄製のドアがあった。ユージンがさらに近づくと、カシュンとドアがスライドして開いた。
そうして、
(……え? 涼しい?)
ラグは何やら心地よい空気を感じた。強い光も視界に入ってくる。
「少し屈んだ方がいい。ドアで頭を打つぞ」
そう注意してから、ユージンは彼女を肩に乗せたまま、ドアの奥へと進んだ。
ラグは注意に従って少し頭の位置を下げるが、
「……は?」
すぐに目を丸くした。
いきなりそこにダイニングキッチンが現れたからだ。
それも調理設備は充実し、整頓もされた綺麗な部屋だった。
(え? なんだこれ?)
思わずラグは室内を凝視した。
寝る場所さえも狭い旅団車両とは比較にもならない環境だ。
「は? え? これが生活設備? いや家?」
ラグは完全に混乱していた。
いきなりどこかの家の中に迷い込んでしまったかのようだった。
それも高級住宅だ。ここが旅団車両どころか、精霊機兵の内部だと言われて誰が信じられるだろうか。
すると、
『お帰りなさい。ユージン』
唐突にどこからか声がした。ラグは肩を震わせてギョッとした。
人影など部屋のどこにもなかったからだ。
「え? 誰だ?」
キョロキョロと周囲を確認するラグをよそに、
「ただいま。シド」
ユージンはシドに応える。続けて、
「……むむ。やっと戻って来たのか。ユージン」
二階の寝室から、トワがパイプ梯子を伝って降りてきた。
そのまま一階に立ったトワは「ん?」と小首を傾げて、新たな登場人物に目を丸くするラグをまじまじと凝視した。
そうして、
「……ユージン」
トワは腰に手を当てると、夫にジト目を向けて問う。
「こんな夜遅くにいったい何を狩りしてきたんだ?」




