第二章 真夜中の狩り②
(え? だ、誰なんだ!?)
その時、ラグは酷く困惑していた。
貞操の危機は脱した。
しかし、助けてくれた人は全く知らない人物だった。
傭兵の男二人を瞬殺したのだから、只者ではないことは分かるが……。
(で、でも、相手は二機なんだぞ!?)
数の力は侮ってはいけない。ましてや相手は短機関銃を構えているのだ。
(オ、オレも何かした方がいいのか!?)
精霊機兵はもう一機あるが、ラグは動かし方をまだ知らない。けれど、旅団車両なら動かしたことがある。旅団車両を強奪してあの人のサポートを――。
そう考えた時、ぞわり、と全身に悪寒が走った。
動こうとすると足が震える。心臓が痛いほど早鐘を打った。
カチカチと歯が鳴った。
元々刻まれていた恐怖が、あの男たちのせいでさらに深くなっていた。
(オ、オレは……)
動けない。助けてくれた人のためであっても動けない。涙が滲んできた。
――と、その時だった。
『大丈夫だ。すぐ終わる』
とても優しい声を掛けられた。青年の乗った精霊機兵からだ。
彼の精霊機兵は、キャリアから降り立った。それから短機関銃の銃口を敵に向ける――が、それはゆっくりと手離されて地面へと落ちていく。
『は?』『何のつもりだ?』
二機も困惑する。と、地面に短機関銃が落ちた瞬間だった。
いきなり青年の機体が姿を消した。
二機もラグもギョッとする暇もなく、衝撃音が響いた。地表に亀裂を刻む勢いで巨大な精霊機兵が移動しているのだ。目で追ってもその場にはすでに足跡しかない。
『クソったれが!』
――ガガガガガガガガガガッ!
二機が乱射を始めるが、全く追いつけなかった。
あまりの轟音に、ラグは瞳を閉じて両耳を押さえる。と、
『銃を使うのなら、せめて敵を狙え』
ポツリと青年がそう告げた。
青年の機体はさらに加速する。大きな歩幅の足跡が次々と大地に刻まれていく。
そして奔り抜ける二閃。青年の機体が持つナイフの輝きだ。それは銃を持つ敵の右腕を斬り裂き、さらには袈裟斬りに胸部装甲を破壊した。そこにいる操縦士ごとだ。
『ひ、ひいいいイィッ!』
もう一機が悲鳴を上げた。乱射を続けるが、もはや標的も何もない。
青年の精霊機兵は倒した敵機を盾にしつつ短機関銃を奪った。さらに敵機の残骸を乱射する相手に向けて蹴りつける!
『わあああッ!?』
敵機が仰天の声を上げた。蹴り出された僚機の勢いは凄まじいの一言だ。なりふり構わず回避し、直撃だけは避けることが出来た。
しかし、
――ギャリンッ!
一閃が奔る! それは足元でのことだった。
地面に迫るほどに重心を低くした青年の機体の斬撃である。
敵機の両足首は切断される。根元から断ち切る一撃だ。倒れるしかない。
『うわあああああああああああああッ!』
背中から倒れた機体は、衝撃で短機関銃も手離してしまった。
もはや完全に死に体だった。
青年の精霊機兵は、倒れた機体の操縦席に銃口を向けた。
『ま、待ってくれ! 降参だ!』
倒れた機体は慌てて両腕を上げた。
『俺の負けだ! 助けてくれ! 殺さないでくれ!』
命乞いをする。それに対して青年は、
『俺はあまり人を殺すことを由とは考えていない。魔獣狩りが本業だしな。戦意を失って逃げ出すのなら、あえて見逃す時もある』
そんなことを語り出す。が、
『だが、お前たちはすでに一度見逃したというのに、わざわざ戻ってきて俺に牙を剥いてきたんだ。これ以上、情けをかける意味があるか?』
そう告げて、引き金を引いた。
金属が砕ける無数の音が響き、敵機は完全に沈黙した。
青年の機体は、短機関銃を無造作に捨てた。
『……ん?』
ふと、ナイフを持つ自機の左腕を掲げる。左手を見ると、五本の指の関節が火花を散らして緩んでおり、今にもナイフを落としてしまいそうになっていた。高速機動の負荷が大きすぎたか、両膝の様子もおかしかった。そこでも火花を散らしている。
『しまったな。抑えたつもりが、やはりこうなってしまうのか。《アトラス》ならこんなことにはならないんだが……』
青年はそんなことを呟いていた。
一方、その光景を、ラグは目を見開いて凝視していた。
(す、すげえ……)
鼓動が激しく高鳴っていく。
三年間、仮にも傭兵団に所属していながら一度も見たことのない戦闘だった。
思い出の中にある魔獣狩りたちの出会いさえも超える衝撃だった。
(オ、オレも……)
あんなふうになりたい。
強く、とても強くそう思った。
理想の姿の具現を前にして、かつての夢が再び息を吹き返すのを感じていた。
けれど、同時に――。
(……う……)
不意に、きゅうと胸の奥がなる。
(……? な、なんだ……?)
両頬に手を当てて動かす。
どうも落ち着かない。それに全身が熱かった。
(なんだこれ? どうしたんだ? オレ?)
ラグは困惑していた。
一方、その頃。
(とりあえず終わったか)
拝借した精霊機兵から降りて、ユージンは一息ついていた。
近くに気配はない。《自由の翼》ならもっと団員がいるはずだ。恐らく、ここにいた連中は斥候などを担う分隊なのだろう。本隊は別の場所に待機していると見た。
(流石に借り物の機体で本隊とは戦いたくないな)
早く《アトラス》に戻った方が無難だった。
ユージンは少女の元に向かう。
彼女は戦闘に巻き込まれることもなく無事だった。
ただ、流石に怖かったのか、少し潤んだ瞳でユージンを見つめている。
「さて」
ユージンは少女の頭に手を乗せた。
「無事でよかった」
「う、うん。ありがと」
少女はお礼を返してきた。ユージンは小さく頷き、
「あまりここには長居すべきじゃないな。行くか」
そう告げると、少女は「え?」と目を見開いた。それから落ち着かない様子で周囲を窺い始めた。その顔は動揺しているというよりも強張っているようだった。
「オ、オレは……」
意外な一人称を呟いた後、喉を鳴らす。ユージンは状況を少し察した。
「もしかして、君は奴らの仲間なのか?」
そう尋ねると、勝気な顔立ちの少女が泣き出しそうな表情を見せた。
(……なるほどな)
子供を恐怖で縛って利用する。犯罪者の常套手段の一つだ。
彼女は今、裏切ることの恐怖でここから動けなくなっているのだ。
(勇気を出してもらうように説得するか? いや、それには時間がない)
本隊がどこにいるのか分からない以上、ここから一刻も早く離れるべきだった。
(……どうすべきか)
ユージンは少し考える。
そうして、
「……なら、俺は君を捕虜にしよう」
そんなことを少女に告げた。彼女は驚いて目を開いた。
「君は奴らを裏切れない。今も怖いんだろう? だから捕虜だ」
「…………っ」
彼女は言葉が出てこないようだった。
ユージンは申し訳なさそうに眉をひそめつつ、説明を続けた。
「君は同行していた仲間を全員殺された。戦う術のない君にはどうしようもなかった。そして君は捕虜になった。不可抗力だ。だから、君は奴らを裏切っていない」
かなり苦しい言い訳だった。
だが、勇気に代わるモノとして、今はこの偽装に納得してもらうしかない。
それは少女自身も分かっているのだろう。表情は険しかった。
「あくまで捕虜だ。これで納得して欲しい」
ユージンはそう願った。ただし、
「だが、最悪の場合、俺は無理やりにでも君を連れていくつもりだ」
ここまで来て彼女を見捨てるような選択肢などない。
たとえ、それが力尽くであってもだ。
そんなユージンの宣言に、少女はパクパクと口を開いて言葉を失っていた。
それから少し変わった反応を見せる。
「~~~ううゥ」
呻きながら褐色の肌を赤らめると、両頬を手でふにふにと上下に動かし始めた。少し涙目にもなっている。それを十数秒ほど繰り返した後、背伸びをするようにあごを上げて、ズボンの前で強く両手を握りしめていた。
首には汗までかいている。相当に苦しそうだった。
(……すまない)
所詮は苦肉の提案である。
偽装を受け入れるのにも強い恐怖を抱いているのだと、ユージンは感じていた。
そして、さらに一分以上の時間が経過する。
強引な手段も視野に入れ始めた頃、少女は大きく息を吐いて、
「う、うん。分かったよぉ……」
胸元を両手で押さえつつも、承諾してくれるのであった。




