第二章 真夜中の狩り①
およそ十分前。
ユージンは《アトラス》の操縦席にいた。
時刻は夜の十二時過ぎぐらいだった。トワは寝室で何かの研究に勤しんでいた。
「しかし、中々森の中から出られないな」
操縦シートに座りながら腕を組み、ユージンは嘆息した。
地下大神殿から脱出して四日目。実はユージンたちは未だ同じ森の中にいた。
それも仕方がない。ここは巨大樹の森だ。広大さのスケールが違うのである。さしもの《アトラス》の足であっても踏破できずにいた。
『流石にそろそろ終わりのはずですよ。早めに街が見つかるとよいのですが』
シドがそう告げる。
水はトワの魔法――聖術で幾らでも生み出せるが、食料は徐々に減っている。いざとなれば獣でも狩ればいいのだが、出来れば街で補充しておきたいところだった。
「まあ、そうだな」
ユージンが頷いた時だった。
『……ユージン』
シドが少し躊躇う様子で口を開いた。
『どうやら、近くに人がいるようです』
「……なに?」ユージンは双眸を細めた。「旅団か?」
『はい。そのようです。すぐ近くに旅団車両を一台見つけました。キャリアには精霊機兵が四機待機しています。ですが……』
シドは一拍おいて、小さなモニターを開いて拡大した。そこに映し出されたのは一人の少女と、彼女を無理やり抑えつける四人の男たちだった。
「……これはまた不快だな」
流石にユージンも眉をしかめる。どういう状況なのかは一目瞭然だった。
『どうしますか? 蹴散らしますか?』
「いや。《アトラス》で近づけば警戒される。あの少女を人質に取られるか、最悪の場合、混乱して彼女を殺害される可能性もある」
ユージンは「旅団車両の方を拡大してくれ」とシドに願う。シドは『はい』と応じて、小さなモニターをもう一つ開いて旅団車両を映した。ユージンはその車体をまじまじと見やり、「こいつらだったのか」と呟く。
『ユージン? 知っている相手なのですか?』
シドの問いかけに、ユージンは「ああ」と頷いて返した。
「団章に見覚えがある。名前は《自由の翼》だったか。相当に悪名高い傭兵団だな。奴らの黒い噂を聞いたことがある。五年以上も前の話になるんだが……」
一拍おいて、
「当時から奴らは実質的に強盗団だったよ。遠慮が全く不要な連中だ」
そう告げると、ユージンは操縦シートから立ち上がった。
「シド。少し出かける。トワには夜の狩りに出かけたと言っておいてくれ」
『了解しました。お気をつけて』
シドの言葉に片手を上げて応えて、ユージンは《アトラス》から降りていった。
そうして――……。
「だ、誰だ! てめえは!」
男たちは立ち上がり、自動拳銃を構えた。
だが、銃口を向けられても黒髪の青年――ユージンは動じない。
一瞬で間合いを詰めると同時に、掌底を男の一人のあごに打ち込んでいた。
男は冗談のように回転しながら吹き飛び、大樹の幹に叩きつけられた。
「――――な」
流石に唖然とする。
この威力が精霊素による身体強化なのは分かる。優れた操縦士がそういった技術を持ってることは戦場に立つ者なら誰でも知っている。だが、これはあまりに次元が違っていた。互いの速さに差がありすぎて接近したことにすら気付けなかったのだ。
「「ひ、ひいィ!」」
男たちは逃げ出した。
拳銃などで殺せる相手ではないと本能が告げたからだ。
ユージンはあえて追わずに、倒れたままの少女の保護を優先した。
「え? う、あァ?」
少女は酷く困惑しているようだった。
「……もう大丈夫だ」
そう告げて少女を立ち上がらせると、自分の着ていた黒いジャケットを渡して、ほぼ半裸だった彼女に袖を通させた。
少女は涙の痕が残る瞳を瞬かせて、ユージンの顔を見つめていた。
すると、
『――クソがッ!』
精霊機兵の一機が立ち上がった。さらにもう一機、立ち上がりかけている。
逃げ出した男たちが乗り込んでいるのだ。ユージンは二機を一瞥し、
「流石にあれは生身ではきついな」
そう呟いて、少女を足から抱き上げて走り出す。いきなりのことで少女は「うひゃあっ!?」と声を上げた。人間離れした速さは男たちが二人の姿を見失うほどだ。
ユージンは旅団車両の影に隠れると、少女をその場にゆっくりと降ろした。
「すぐに終わる。ここで隠れていてくれ」
「う、うん……」
少女は動揺しつつも、コクコクと頷いた。
ユージンは「いい子だ」と言って、少女の頭に手を置いた後、再び姿を消した。
それから待機していた精霊機兵の体を一歩で駆け上り、その機体に乗り込んだ。専属の起動キーは掌底の際にこっそりと奪っておいた。《アトラス》の起動はシドが行うが、通常の機体ではそれぞれの起動キーが必要なのだ。
(久しぶりの狭さだな)
通常の精霊機兵の操縦席は恐ろしく狭い。立ったような状態で乗り込み、頭のみを残して体はほぼ固定される。俊敏性を確保するために極限まで軽量化しているためである。操縦桿の感触はあるが、それを見ることは出来ない。操縦士は機構の一部のように組み込まれていた。多くの操縦士がこの操縦席を『棺桶』と揶揄するのも仕方がない窮屈さだった。
だが、ユージンにとっては慣れ親しんだ空間でもある。
すぐさま機体を起動させて精霊素の供給を接続する。
二機あったため、外れのリスクもあったが当たりのようだ。数秒経たずに三つのモニターが外の景色を映し出した。
(……ほう)
思いのほか、起動までがスムーズだ。
視界のノイズもない。かなりの高性能だ。最新鋭機に近いと言える。
だが、納得のいかないこともある。
それは武器だった。牽制のための左腕の機関砲はいいのだが、この機体が持つ武器は右手の短機関銃。それと腰に装着した大型のナイフだった。
(銃にナイフか。完全に対精霊機兵戦用だな。魔獣とは戦えない)
魔獣狩りとしては、どうしても不満を抱く。
ユージンが主武器とする戦鎚に比べてなんと頼りないことか。
とはいえだ。
(まあ、いいさ)
ユージンは奪った機体を立ち上がらせた。
無人のはずの機体が動き出して、ギョッとしている二機を見やり、
(こいつらの相手をするには丁度いいだろう)
ユージンは、ふっと笑った。




