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アトラスハウス ~竜狩りの機兵と、蛮族な嫁たち~  作者: 雨宮ソウスケ


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第四章 イジュアール・クラフト④

 時は少し遡る。

 それは一週間ほど前のことだった。


「……あン?」


 夜、巨大樹の森の中。

 焚火を使って干し肉を焼き、噛り付く男が眉をひそめた。


「斥候隊が全滅だと?」


「うす。団長」男に報告に来た部下が頷いた。


「四人の死体を確認しました。二人は原型が分かりませんが、状況的にうちの団員と考えるのが妥当です。そんで」


 一拍おいて、部下は少し眉をしかめた。


「ラグの野郎がいませんでした。あいつだけは死体もねえ」


「逃げだしたか、裏切ったってか?」


 焼いた干し肉を口に含め、酒をあおる男。ぷはあっと息を吐き、


「あのガキにそんな度胸も根性もねえよ。大方、都市の連中か、強盗団狩り(ローバーハント)どもにでも捕まったってとこじゃねえか」


「なら、どうします? あいつを取り返しますか?」


「いや。あいつの精霊素《エレム》の才能は惜しいが、拉致した相手も特定できねえようじゃあ探し出すのは無理だろ。運がねえと諦めるしかねえな」


 と、男は言う。

 男の名はライガスと言った。年齢は四十代半ば。髭面の巨漢である。

 そして強盗団《ローバー》・《自由の翼(フリーダム)》の団長でもあった。

 ここは《自由の翼(フリーダム)》本隊のキャンプ地だった。開けた広場に、キャリアに精霊機兵《アムドエレム》たちを積んだ七台の旅団車両《クランモービル》が停車し、ところどころでテントも張られている。


「無事な機体や旅団車両《クランモービル》は回収しとけ。ラグのことはもういい。それよりもだ」


 岩を椅子替わりに座るライガスは、おもむろに双眸を細めた。


「今は客人を待たせねえ方がずっと大事だ。そうだろ。ジン」


「……ふん」


 ライガスの呼びかけに、森の奥から声が返ってくる。

 夜の闇の中から現れたのは三十代ほどの男だった。

 無造作に伸ばした髪を後頭部で雑に縛り、無精ひげも放置していた。

 身に着けるのは黒い操縦士服《ハンドラースーツ》。その上によれたコートを羽織っている。


「獣の勘か。やはりお前は鋭いな。ライガス」


「この程度の嗅覚がねえと、ハイエナ稼業は務まらねえよ」


 ライガスは、カカっと笑った。

 特別な来客だと察した部下は「では、失礼しやす」と告げて立ち去った。それを見届けてから、ジンと呼ばれた男は、親指でくいっと後ろを差した。

 すると、そこには二人の男が立っていた。

 一人は二十代後半ほどの赤いジャケットを羽織った赤髪の青年だった。

 その男はニヤリと笑い、


「おう。あんたが《自由の翼(フリーダム)》の団長さんかい。噂はかねがねだ」


「かくいうあんたが《紅の魔剣(クリムゾンエッジ)》の団長さんかい?」


 ライガスは、表面上は友好的な笑みを見せた。


「俺もあんたらの噂はよく聞いてるよ。つうか、それ以上にあんた個人の噂がすげえな。『血塗れ凶刃』のローランドさんよ」


「うわ。物騒な名前で呼ぶなよ」


 ローランドと呼ばれた青年は眉をしかめた。


「血塗れとか最悪だ。夢中になって戦ってたらそうなっちまっただけさ」


「傭兵専門がわざわざ剣なんぞ使って何言ってんだよ」


 ライガスは、ちらりとジンの方を見やる。


「まあ、酔狂な点はうちのジンも似たようなもんか」


「……ふん」


 ジンはライガスを一瞥して鼻を鳴らした。

 一方、ローランドは腰に両手を当てて、「はは」と笑い、


「銃はお手軽な殺しの道具だが、操縦技能を上げたいんならやっぱ近接戦だからな。まあ、そんなことよりも」


 ローランドはもう一人の同行者に顔を向けた。


「そろそろ、あんたも挨拶をお願いするぜ。先生」


「……ああ。そうだな」男が一歩前に進み出る。白衣を纏う男だ。


「私の名はカールス=エンデ。アルファレスで研究局員をしているものだ」


「……へえ」


 ライガスは双眸を細めた。


「アルファレスってのは天都舟《ノア》の都市の一つだな。しかも学者さまか。そんな大層なお人がなんでこんなところにいんだ?」


「……お前たちに仕事を依頼しに来たのだ」


 淡々とした声でカールスは言う。ライガスはあごに手をやり、まじまじとカールスの姿を凝視した。特に窪んだようなカールスの暗い瞳を観察する。

 そうして、


「……なるほどな」


 ポツリとそう呟き、ローランドに目をやった。


「あんたが連れてきた理由が分かるな。この先生、いい感じに狂ってんな」


「おう。流石の眼力だな。《自由の翼(フリーダム)》の」


 ローランドは、ふっと笑みを浮かべた。


「その通りさ。いい感じに狂気が理性の手綱を握ってやがる。熱気を放つぐらい狂ってやがんのに頭の中は極めてクールだ」


「……狂っていると言われるのは心外だが」


 そこで、カールスはかぶりを振った。


「いや、それも事実か。この怒りと欲望に私は身を委ねたのだからな」


 そう呟く。そして、


「私の望みは細やかなモノだ。一人の女を攫いたい」


 カールスは暗い眼差しで手を掲げて、強く握りしめた。


「あの女を私の所有物にする。ただそれだけだ」


「おいおい。その女にこっぴどく振られでもしたのか?」


 ライガスは、ボリボリと頭を掻いた。


「見たところ、それだけって訳でもなさそうだが、まあ、いいさ。女一人を拉致するぐらいなら別にいいぜ。それなりの報酬を払うのなら何人か貸してやんぞ」


「ああ~、それなら俺も言ったよ」ローランドが苦笑を浮かべた。「つい親身になってさ。何となくこの先生、あんま他人のような気がしねえんだよな」


「……それに関しても心外なのだが」


 カールスは、ローランドを一瞥してから言葉を続ける。


「それではダメなのだ。あの女をただ攫うだけではアルファレスが動く。重大な誘拐事件としてな。その御題目で捜査されては、いずれ私に辿り着く可能性がある」


 一拍おいて、


「私は今の立場を捨てる気はない。自室であの女を監禁し、飼育するつもりだ」


「……なるほどな」


 その時、おもむろに、ジンが口を開いた。


「淡々と狂った台詞を言う。やはりお前の勘は鋭いな。ライガス」


「まあな。しかし、確かに他人の気がしねえな。この先生は」


 ライガスは、カカっと笑った。ローランドも苦笑を浮かべていた。

 一方、その評価に、カールスは微かに眉をひそめて、


「まず保身を考えるのは当然のことだろう。私はあの女を手に入れたいだけだ。何一つ捨てるつもりはない。まあ、前置きが長くなったが、本題に入るぞ」


 そこで一呼吸入れて、


「前提として誘拐事件という形になるのは避けなければならない。あの女は全く別件の事件に巻き込まれ、遺体も残さず死亡したという偽装が必要だ」


 確かに、カールスは冷静だった。

 とても冷静に、自分の狂気を受け入れていた。


「大きな事件が必要だ。あの女をただの一被害者にするほどの。だが、お前たちも馬鹿ではあるまい。そこまでの事件を起こせば、ラガニア王国を……天都舟《ノア》を有する一国を敵に回すことになる。いずれ狩り出されてしまうことは自明の理だろう。一時的な利益はあるだろうが、お前たちに未来はない」


 ライガスたちは、カールスの言葉に、静かに耳を傾けていた。

 事前に話を聞いていたらしいローランドだけは、ニタニタと笑っていた。


「私は自分の目的のためにお前たちを捨て駒にする気はない。というよりも、この程度の結末が想像できんような無能に、私の願いを託す気にはなれないな」


「まあ、俺たちは先生のお眼鏡にかなう程度には有能だってことだよ」


 ローランドが、肩を竦めて補足した。腕を組んだジンは「……ふん」と鼻を慣らし、ライガスはローランド同様に肩を竦めた。


「その通りだ」カールスは言葉を続ける。


「可能な限り有能な強盗団《ローバー》を選んでいる。お前たちにとっても、私の計画を実行するのは大きな賭けになることだろう。だが、成功した時の恩恵は絶大だ」


 そこで、わずかに声に熱を帯びさせて、


「誰もお前たちを追うことが出来なくなる。いかなる無法も許される。それこそ、伝承にある魔王たち、悪逆の暴君の一角にも成れることだろう」


「……ほう」


 ライガスが足に肘を乗せて双眸を細めた。


「面白れえな。詳しく話を聞かせてもらおうじゃねえか」


 カールスは「ああ」と頷いた。

 そして、


「あの女を代価に、お前たちには伝承の魔王に等しい力を与えてやろう」


 そう告げるのであった。







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